アナログ恋愛


『…はい、』


受話器の向こうから聞こえてきた低い声に少しドキリとする。

聞き慣れているはずの声だけど、電話で話すのは初めて。
緊張しているのを悟られたくなくて、落ち着いた声をつくった。


「あの、夜分遅くすいませ―」

『…及川?』

「!」


及川ですけどー、と言う前に 呼ばれた名前は自分のもので。
さすが小野チャンだな、なんて思った。


「…はい。あの、今日電話かけてもらったみたいで…」

『あぁ、うん。昨日ちょっとおかしかったから、大丈夫かなって思ったんだよ。』


…やっぱり心配してくれてたんだ。
わかっていたことだけど、改めて聞くと、嬉しいような申し訳ないような気持ちになる。


「すいません…。」

『…もう平気なのか?』

「あ、はい。」

『なら、いい。』


その短い言葉から、小野チャンの優しさがひしひしと感じられた。

きっと今、穏やかに笑ってるんだろうなぁ…。


そう考えると、顔が見られないのが寂しくて。


無性に、会いたかった。

…あの大きな手で、頭を撫でてもらいたかった。








『――及川?』


黙ってしまったあたしを不思議に思ったのか、小野チャンの怪訝そうな声がして。
ハッと、我に返る。

今は土曜の夜。
何か用事があるかもしれない。
…誰かと、一緒にいるかもしれない。


「っ、なんでもない!
とにかく、ごめんなさい!心配してくれて、ありがとう!」

『あ、おい!?』

「じゃあ、また学校で。おやすみなさい!!」


このまま話し続けたら、「会いたい」と言ってしまいそうで怖かった。

誰かと一緒にいるかもしれないと思ったとき、胸がチクリと痛んだのを、
自分の心の中だけにしまっておきたかった。

――小野チャンは、教師。
あたしは、生徒。いっぱいいるなかの、1人。

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