オープン・ステージ
3-2
 取り壊して、売る……?

 私たちの大切な思い出が詰まった、あの場所を……?


「お祖父ちゃんが亡くなってからはお祖母ちゃんが維持費を賄ってくれてたけど、うちにはそんなお金は無いから」

「ちょっと待っ――」

「もう秘密基地だなんて言って遊ぶ年でもないでしょ。もう決まった事だから、螢にも言っておこうと思って」


 勝手だ!

 私の意見なんて、いつも聞いてくれない。
 お母さんにとって、私の存在って何なの!?
 お父さんだって、いつも何も言ってくれない。

 いつもいつも! いつもそう!!
 頭の芯が、一瞬にして熱くなる。
 溜め込んでいた思いが、一気に噴き出していった。


「どうしていつもそうなの!?」


 怒りたいのか泣き出したいのか分からない声が部屋に響く。


「どうしていつも、私の意見は聞いてくれないの!? 今も、高校で進路を決めた時も!」

「進路を決めた時って何よ。やりたい事なんて何も言ってなかったじゃない」


 その言葉に、ぐっと言葉がつまってしまう。

 駄目だ。言わなければ。このままでは、何も変わらない。

 私は拳を強く握り締め、絞り出すようにして言葉を発した。


「私は……、私は、舞台の方に進みたかった。……ミュージカルの道に進みたかった」

「はあ? ミュージカルスターを目指すなんて馬鹿馬鹿しい。あんたにはそんな才能なんて無いわよ。活躍できる人間なんて、ほんの一握りの世界なのよ? 無理無理」


 その言葉が深く、ざっくりと胸の奥まで突き刺さる。


「挑戦すらしてないのに、どうして向いてないなんて言い切れるの!?」

「分かるわよ。赤ん坊の頃から螢のことを見てきてるのよ? 親だもの、分かるわ。そんな下らないこと言ってないで、ちゃんと安定した所に就職して、お父さんとお母さんを安心させてちょうだい」


 冷静に返してくる母の態度が癇に障る。


 やっぱり私の思いは届かないのだ。


 苛立ちと悔しさで涙が出てくる。
 私はそれを隠すようにして無言で部屋に戻り、荷物を掴んで家を出た。

 早く家から離れたくて、自転車のペダルを強く踏み込む。

 ふと、プレハブ小屋の件を思い出した。


 あの場所が無くなってしまう。


 幼い頃から遊んできた場所。
 最初は祖父に連れられて、わくわくしながらお菓子を食べた。
 祖父は「じいちゃんの秘密の場所だぞ」と言って笑っていたような気がする。

 それからすぐに、祖父が俊太も誘うようになった。
 私たちが中学を卒業する頃になって、学校が違うならと合鍵を持たせてくれたのだ。

 そして今は、そこに佳くんが加わった。
 あの場所には様々な思い出が染み付いている。


 私が守りたいと思うものが、失くしたくないと願う場所が、容赦なく消されてしまう。


「なんなのよっ……!」


 祖母の死と、消えていく場所と、蹴飛ばされた夢。
 色々な思いと感情がない交ぜになって、泣きたくないのに、泣けてくる。

 苛立ちが募っていくことに耐えられなくなりそうで、それなのに、この気持ちをどこにぶつけたらいいのかが分からない。


「……っ」


 泣くなら誰も居ない所で泣きたいのに……。

 角を曲がると、見慣れた自転車がこちらへ向かって走ってきていた。
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