桜花一片に願いを
後編
ともかく、夏目先生が気持ちを打ち明けてくれて安心した。まだ失恋の痛手は残っているようだが、いずれ時間が解決してくれるだろう。夏目先生ほどの男性《ひと》は周りの女性が放っておかないだろうから、そのうちいい出会いがあるに違いない。
食事を終えた私たちは、コーヒーを飲みながら少し世間話をして、一緒に店を出た。
夕暮れの道を、夏目先生と並んで歩く。夏目先生は程よいペースで話題を振ってくれ、居心地がいい。無口でマイペースな三田村さんにはこんなこと、できないだろう。
やがて夏目先生は病院へ、私は駅へと向かう分かれ道に差しかかった。角に立派なお屋敷があり、桜の大木が板塀を越えて歩道に覆いかぶさるように、その枝を伸ばしている。若葉がさわさわと、風にそよいで心地よい音を立てた。
「ここで失礼します。今日はお会いできて良かったです」
私が頭を下げようとすると、夏目先生は
「ちょっと待って」
と手を伸ばし、私の頭上にあった桜の枝を掴んで引っ張った。
「これ」
見上げると、青々と茂る若葉の影にひっそりと隠れるようにして、小さな淡いピンク色が見えた。一輪だけの桜の花。
「珍しいな」
そう呟くと、夏目先生はそっと枝を元の位置に戻し、静かに手を離した。
優しくいたわるようなその仕草に、はっとした。夏目先生の本質を見た気がした。それだけじゃない。自分の気持ちも。
食事を終えた私たちは、コーヒーを飲みながら少し世間話をして、一緒に店を出た。
夕暮れの道を、夏目先生と並んで歩く。夏目先生は程よいペースで話題を振ってくれ、居心地がいい。無口でマイペースな三田村さんにはこんなこと、できないだろう。
やがて夏目先生は病院へ、私は駅へと向かう分かれ道に差しかかった。角に立派なお屋敷があり、桜の大木が板塀を越えて歩道に覆いかぶさるように、その枝を伸ばしている。若葉がさわさわと、風にそよいで心地よい音を立てた。
「ここで失礼します。今日はお会いできて良かったです」
私が頭を下げようとすると、夏目先生は
「ちょっと待って」
と手を伸ばし、私の頭上にあった桜の枝を掴んで引っ張った。
「これ」
見上げると、青々と茂る若葉の影にひっそりと隠れるようにして、小さな淡いピンク色が見えた。一輪だけの桜の花。
「珍しいな」
そう呟くと、夏目先生はそっと枝を元の位置に戻し、静かに手を離した。
優しくいたわるようなその仕草に、はっとした。夏目先生の本質を見た気がした。それだけじゃない。自分の気持ちも。