あなたとの距離
第2章 後ろのあなた

後ろから盛大なため息が聞こえる。

立花さん、私の後ろ嫌だったのかな。

ちょっと、いや、かなりへこむ。

今日は朝から上機嫌だった。テレビでたまたま目にした星座占いで一位だった。しかも恋愛運で「運命の出会いあり」と出たのだ。

普段は特に気にも留めないけど、やっぱり悪い気はしない。

すぐに頭に浮かんだのは、すらりとした背格好に、ほんのり日に焼けて精悍とも思えるキリッとした顔立ちの彼女、立花奏だった。

クールなようで、親友の古谷マキといる時は、楽しそうに良く笑っている。八重歯が覗いて、頬にちょっとエクボが出来る笑顔に心を鷲掴みにされるのは、絶対私だけじゃないはず。

普段クールな分、そのギャップとレアさは正直ずるい。そんな笑顔を引き出すマキが、羨ましい、というか、もう嫉妬の域だ。

同じクラスになったのは2年生になってからだ。去年は、たまたま廊下ですれ違った時や、体育祭で密かに応援した時ぐらい。

だから、たまに部活の休憩中に、奏が校庭で走ってる姿を見れた時は、食いつくように窓にへばりついて凝視していた。

クラスが一緒になった事が分かった1学期初日、あまりの幸運に、教室に着くまでハイテンションで喋りまくって、親友の理沙や明日香に心配されたっけ。

何を喋ったか全く覚えてないけど、明日香曰く「いつもの恵那の100倍くらい喋ってた」らしい。
確かに3人でいる時は、理沙と明日香の聞き役になる事が多くて言葉数が多いとは言えない。

これも恋してるからかな。

って、自分で言って恥ずかしくなるんだけど。

最初の席は、私が窓側の2列目一番後ろで、立花さんが3列目の一番前、という離れた位置だった。

なんでこんな離れちゃうかなあ。
このクラス、さ行の人居なさ過ぎ。

あわよくば隣同士になれるかもって期待してたのに。

でも私の位置からだと黒板を見るだけでも、自然に立花さんの後ろの姿が目に入って、それはラッキーだった。

いつも盗み見るぐらいで、マジマジと見た事がなかったから新鮮で、ちょっとした仕草や癖を発見する度に、にやけてしまう。

数学の時はサラサラと淀みなくノートに書き込むけれど、英語や古典の時は頬杖をついて鉛筆をくるくる回す。

たまに前髪をカッコ良くかき上げたり、発表する生徒の方を見るたびに真剣な眼差しを向けたりする度に、私の胸がきゅっとなる。

自分の発表の時には、あの眼差しが向けられている事を意識しないよう、視線の先に立花さんが入らないようにするのに精一杯だった。

だって、見てしまったら、きっと私は真っ赤になって、発表どころじゃなくなるから。

でも、もしそうなったら、この気持ちに気づいてくれるんだろうか。
試してみたいけど、他の人達に気づかされそうでとても無理だ。

初めての席替えで、立花さんの前の席になった。
少しはお話できるかな。

頑張ろう。
まずは笑顔で挨拶だよね。

席に着いた時、立花さんはまだ来ていなかった。

深呼吸。
声が裏返ったらどうしよう。

「あれ、恵那?もう来てたんだ。いつもより早いね」

そう声をかけてきたのは去年同じクラスで仲良くなった理沙。
モデル体型で、サラツヤな黒髪ストレート。一分の隙もないような完璧メイクが今日も決まってる。

「バス来るの早かったんだ」

咄嗟に適当な理由を言って、ごまかす。

本当は、席替えの結果が早く知りたくて、いつもより30分も早く出たからなんだけど。
いつも朝はのんびりと過ごすから、お母さんも驚いてたっけ。

お陰で、ラッキーな星座占いの結果を知れたんだよね。

「いいなあ、窓際。私はまた廊下側だよ。閉塞感ありまくり。」

「落ち着いて授業受けれるかもよ?」

「恵那ー、理沙ー、聞いてよー、私ど真ん中の一番前なんだけど。酷くない!」

そう賑やかに割り込んで来たのは、もう一人の親友、明日香。

小柄でくりくりしてて小動物みたい。とっても可愛いんだけど、体の大きさに反比例して声も態度も大きい。キャンキャン吠える子犬みたい。

「そうでもしないと明日香寝るからでしょ。先生も分かってるね」

「そんな事言ったら理沙だってスマホばっかりいじって注意されてんじゃん。理沙が私の席になった方がいいでしょ」

「私が最前列だったら、後ろの人達黒板見えないから」

「私がチビだって⁉︎ 」

「まあまあ2人とも。そろそろ予鈴鳴るし、席つきなよ」

なだめ役は私の仕事。
いつもの事だから放っとけばいいんだけど、流石に今日は早く終わってもらわなきゃ立花さんが来ちゃうよ。
こんなに騒いでたら、挨拶できなくなっちゃう。

「恵那、ソワソワしてどうしたの?」
切り替えの早さは流石の明日香。

「誰か探してる?」
ニヤッとして尋ねて来る理沙に、「うっ」と詰まらせてしまう。

「え、そんな事ないよ」
慌てて取り繕ったけど、逆にそれが良くなかったみたい。

「えー、誰々?」
あっちゃー、食いついてきちゃったよ。
目を泳がせると立花さんが黒板の前で座席表を眺めてる姿が目に入った。

やばい、何とかしなきゃ。

ワタワタしてる私がよっぽど可笑しかったのか、理沙はプッと吹き出してから、私だけに聞こえるように

「後でじっくり聞かせてもらうから」
と囁いてから、

「ほら、明日香。先生来たみたいだから席つこ」
と明日香を伴って去ってくれた。

嬉しいけど、理沙の何か企んだようなあの顔は、うーん。怖いなあ。

ふー。
深い息を吐いて気持ちを落ち着かせてると、そよいだ風で私の髪がフワリと揺れる。

と、視界の片隅に、ピタッと立ち止まった人影が見えた。

見上げた先には、私の心をずっと騒がせていた立花さんがいた。

「おはよう、立花さん」

やった。挨拶できた。
私、顔赤かったりしないかな?

「お、おはよう」

ボソッと低めの声。
返事返してくれた。

でも、すぐに目は逸らされて立花さんが、私の真後ろにある机にカバンを置く。

もうちょっと話していたい。

「そっか。後ろ立花さんだったんだね。よろしくね」

当然知ってたけど、こんな事ぐらいしか言う事が見つからなくて。
白々しいかな。

立花さんは、ちょっと目線を私に向けて、恥ずかしげにコクんと頷いた。

あー、可愛い!

ずっと見ていたいけど、先生が教室に入ったのを見て、身体を前に向き直す。

そこで後ろから聞こえてきた盛大なため息。

胸の痛みには、気づかないフリをして、背中全体で立花さんの気配を感じながら、聞こえてきた先生の話に意識を集中させた。

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