好きだと言えたなら。


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[ 今日から新しい生活。新しい家族。新しい学校 ]



「二年生からこのクラスに転入する宮下美乃(よしの)さん。自己紹介して」

 担任の20代後半でスーツ姿の男性教師が黒板に転入生の名前を書くと、生徒達がいる方に手を伸ばし、教壇に立っている彼女に自己紹介を促した。

 席に着いている生徒達を目の前にして緊張し、美乃は両手で持っていた鞄にぐっと力を入れて、意識してはっきりとした声を出す。

「隣の県から越して来ました宮下美乃です。仲良くして下さい、よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げると、顎のラインに合わせた前下りの癖の無いボブが、さらりと滑り動く。

「廊下側の一番後ろに席を用意したから、そこ座って」

 と、担任が席を指差した。

「はい」

 席に行くまでの間、教室内がザワつき、生徒がこちらに視線を向けているのを感じながらも席に着くと、前の席のショートヘアの女子生徒が後ろを向いて、

「あたし時田晶世よろしくね」

 と、挨拶してくれた。

「よろしく」

 ホッ…。

 彼女の笑顔で緊張が多少解れた。

 そして朝のHRが終わるとまた後ろを向いて話し掛けてきた。

「宮下さんって隣県から来たんだ? 親の転勤?」

「母が再婚したの。それで父のいるこっちに越して来たんだ」

「へぇー、…隣県で結婚…。お見合い?」

「あー、えっと…、元々ずっと以前から知り合いで、隣県って言ってもウチは県境で、車で1時間もかからない所にいたんだ」

「へぇー」

「なになに? どうも、松井栞でーす! あきちゃんと友達なの」

 興味津々といった顔で、明るい色のふわっとしたセミロングの髪をした女子が寄って話し掛けて来た。

「あ、宮下です。ヨロシク」

 彼女を見上げて、ぺこりと会釈した。

「ウチはクラス替えがないから、もう一緒にいるグループが決まっちゃってるんだよね。前後の席になったのも縁だし、これから仲良くしよ」

「ありがとう」

「あたしはしおりんって呼ばれてるの」

 言って、しおりんはプリーツの折り目を気にしながらお尻を撫で、晶世の膝の上に腰を下ろした。

「あたしはアキでいいよ」

「あたしはミノって呼ばれてたよ」

「ミノ?」

「そう、漢字の美乃を違う読み方で」

「ああ、なるほど。ミノね!」

「おもしろーい」

「じゃあ、ミノ、よろしくー!」

 直ぐに声を掛けてくれる人がいて良かった。あきちゃんやしおりんだけじゃなく、休憩時間には他の女子からも話し掛けられて、良いクラスで安心した。転校なんて初めての事で不安だったけど、大丈夫そう。



                     ✥



 放課後。美乃達が下駄箱置き場に行くと、そこで待ち伏せされて、まだ幼さが残る男子生徒に声を掛けられた。

「よっちゃん、帰りどうする? 一緒に帰る?」

「あ、いいよ。ちゃんと道を覚えてるし、気にしないで」

「ほんと? 大丈夫?」

「うん。判んなかったらお母さんに電話で訊くし」

「判った。じゃあね」

 片手を挙げて離れて行く。

「うん、ありがとう」

 礼を言うと、相手は友達と一緒に去って行った。

「え? え? なになに? もうこっちに彼氏いるの?」

 一緒にいたしおりんが目を丸くして訊いてきた。

「えー? 違うよ、弟だよ」

「あ、弟?」

「なんだ、びっくりしたー!」

 あきちゃんも驚いた様に笑う。

「父親の方の子供。だから帰り道が判るかどうか心配したんじゃない?」

「あ…本当の弟じゃなくて、再婚しての弟?」

「1年?」

「そう。でも、ずっと子供の頃から知ってるから、もう仲良いの」

「へぇー」

 二人はあたしの話を少し不思議な眼差しをして聞いている。




 あたしの母とまーくん(優美ーまさみー)の父は従姉弟で、母方の祖母とおじさんの母親が姉妹。すごく仲の良い祖母たちは子供を連れて頻繁に会っていたらしく、年の近い母とおじさんも小さい頃から仲が良かったらしい。

 其々に結婚したんだけど、あたしが4歳の時に父は職場で事故死をした。父の事は殆ど覚えていない。おじさんはまーくんが小1の時に離婚をした。

 あたし達が小学生の頃までは休日によく一緒に遊びに行ったりご飯を食べたり。だからまーくんとは小さな頃から仲良くしていた。

 あたしが中学生になってからは部活があったし、たまに食事に行く程度。母とおじさんが親しくしていたのは知っていたけど、あたしとしては、親が従姉弟でおじさんとまーくんは親族という認識だった。

 それが去年、母が肺炎で入院して、その間あたしは一人で家にいる事になったし、母の見舞いに行ったりしている姿を見て、おじさんは色々と考えたらしい。

 もしこの先、あたしの母に何かあったら…。もしおじさんに何かあった時まーくんは…。そう不安が過った時に、従姉弟同士は結婚できる。そう考えて、母に結婚しようと言ったらしい。それを聞いた時、母は驚いて戸惑ったみたい。けれど自分が入院していた時のあたしの状況とか思い返し、これから先の事を考えると、おじさんの言う事に同意して、あたしが高校2年生になるタイミングに合わせておじさんと結婚する事となった。

 この話を聞いた時はとても驚いたけれど、昔から知っているおじさんとまーくんだし、嫌な気持ちは全くなかった。知り合いのまーくんが弟になって一緒に暮らすのは少し戸惑うけれど、全く知らない人と再婚して知らない人が弟になるより全然良い。

 この歳でいきなり一つ違いのあたしより大きな弟ができたけど、姉弟だから姉としてしっかりしなきゃ。みたいな自覚も最近は出てきた。仲の良い家族、楽しい新生活を送る事ができればと思っている。

 なんて、ぼんやり考えながら帰っていると…

 迷った!

 ガーン…!! 

 まーくんにあんな事言ったのに迷ってしまった。

 朝はまーくんと一緒に登校したから大丈夫だったけど…。ちゃんと覚えたつもりだったのに…。どこで間違ったんだろ? 

 学校では携帯電話の所持が禁止されているので、家に電話をするのに公衆電話を探していたら余計に迷った。バカだ。結局、公衆電話は見つからなくて、お店で電話を借りて家に電話したら…

《もしもし? よっちゃん?》

《まーくん、ゴメン。迷っちゃった》

 て、まーくんが電話に出て、ここに迎えに来てもらう事になった。

 情けなし。お姉ちゃんとして頑張るつもりだったのに、迷惑かけちゃった。

 ショボン…。

 そこを動かないで。と言われ、お店の前で暫く待っていた。

 すると、

「よっちゃん!」

 声に振り向くと、スマホを片手に息を弾ませたまーくんがいた。

 きっとお店の名前を基に地図で検索しながら探して来てくれたのだろう。

「まーくん!」

 心細かったのがふわっと緩んだ。

「こんな所まで来てたの? 全然違う」

「ごめーん、判んなくなっちゃって」

「もしかして、よっちゃん方向音痴?」

「え? そんな事ないよ」

「…けど…」

 まーくんは眉を歪ませる。

「? なに?」

「今、思い出したけど、ちっちゃい頃、よく迷子になってなかった?」

「え?」

「遊園地とかプールとか花火大会とかお祭りとか…迷子の待合室に迎えに行った覚えがある」

 まーくんは顎に拳を当てて、伏し目で言った。

 あ…あれ? そういえば…。え? あたし方向音痴だったの? 今、知った。

「帰ろ」

 デニムのお尻ポケットにスマホを仕舞いながら、まーくんは大勢を返した。

「うん」

「慣れるまで一緒に帰ろ」

「ごめんね…」

 情けなくて目が合わせられない。

 あの時、素直に一緒に帰るって言えば良かった。余計な手間を掛けさせちゃったな。

「…よっちゃん遠慮してる?」

 横に並んだまーくんが覗き込む様に視線を向ける。

「え?」

 あたしはその言葉に、まーくんを見上げた。

「もう家族になったんだし、これからずっと姉弟なんだから遠慮しなくていいよ。オレのことコキ使っても良いんだからね」

「そんなっ! コキなんか使わないよ。弟として大事にするよ!」

 その言葉にまーくんは驚いた顔をして赤くなった。

 え?

 なんか、そんな顔を見たら、こっちまでつられて恥ずかしくなるじゃん。

「…ありがとう。オレもよっちゃん大事にする」

 !!!! 

 カァーーッ!!

 一気に顔が熱くなって紅潮した。

 そっか、さっきのまーくんはこんな気持ちだったのか。ハハ…二人して顔を赤くしてるなんて変な姉弟だな。



                      ✥


「ただいまー」

「お帰り! よっちゃん、迷ったって?」

 家に帰ると、母が心配半分、呆れ半分の顔で出迎えた。

「うん、迷っちゃった」

「もう、ごめんね、まーくん。世話かけちゃって」

「いいよ、おばさん。よっちゃんが慣れるまで一緒に帰る事にしたよ」

「そうしてくれると安心。ありがとう」

 情けなし、情けなし。これじゃあ、どっちが年上か判んないよ。立場なし。

 ショボン…。

 しょげているあたしに気づいて、

「よっちゃん、気にしなくていいよ」

 まーくんはニッコリ笑ってあたしの頭をなでなでしてくれた。

 キュン。



                      ✼



 美乃は着替えた後、まだ部屋にある段ボール箱に入っている荷物の片付けをしていた。

 まーくん良い子だな。あんな弟ができて、あたしは幸せ者だな。

 小っちゃい頃によく遊んでいたまーくんは、大人しくて、あたしのやる事について来てくれる感じだった。中学生になったらあまり会わなくなったから、あたしのまーくんに対する印象って小さい頃のままなんだけど、やっぱ前とは違うな。そりゃそうよね、もう高校生だもん。

 家族4人で住む為のマンションに其々越して来る事となった。春休みに引っ越しの作業で毎日の様に会って、まーくんは重たい物を持ってくれたり、届かない所を手伝ってくれたり、優しくて頼りになるなって思った。やっぱそういうとこは男の子で、小さい頃とは違う。あたしも姉としてしっかりした所を見せたいんだけど…今の所一度もない。

 コン! コン!

 部屋のドアをノックされた。

「はい」

「おやつあるって。お茶入れたからどうぞって」

 まーくんがドアを開け部屋を覗いて来る。

「まだ二箱荷物あるんだ?」

「うん。まーくんはもう片付いたの?」

「うん。元々少ないし。後で手伝おうか?」

「え? いいよ」

「さっき言ったじゃん。遠慮しなくていいよって」

 あ…

「うん、じゃあ…お願い」

「うん」

 笑顔を向けてくれる。

 なんて良い子なんだ…。申し訳ない。





 おやつを食べた後、言葉通り、優美は美乃の部屋で片付けを手伝う。

「よっちゃん、どう友達できた?」

「うん。帰りに一緒にいた子見たでしょ? ショートヘアのあきちゃんと、もう一人はしおりん、友達になったよ。まーくんはどう? 入学して友達できた?」

「今は中学の友達と一緒にいる。新しい友達はこれから」

「そっか。帰りに一緒にいた子?」

「そう。西山俊二、にしやん」

「にしやんか。あ、そういえば今日挨拶し忘れたな。次、会ったら紹介してね」

「うん。判った」

 こっちに越して来た事をまーくんも心配してくれてるんだな。向こうの友達と別れてすごく寂しかったけど、いいな…こうやってこの場所があたしの居場所になって行くんだ…嬉しい。
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