インスタント マリッジ~取り急ぎ結婚ということで~
鏡の前で尚史に背を向けうつむいている状態の私を見ても、尚史は何も言わない。

無言はつらいよ、頼むからなんか言って!

黙って憐れみの目を向けられたり、気を遣って白々しいお世辞を言われるよりは、『やっぱり似合わないな』と笑い飛ばされる方がまだマシだ。

「はは……こんな可愛い服、私にはやっぱ似合わないよねぇ」

私が沈黙に耐えかねてそう言うと、尚史は私の両肩をつかんでクルリと私を自分の方に向かせた。

「思った通りだな」

「うん、思った通りだね」

「似合ってる」

「そう、似合ってる……え?」

今のは聞き違いなのか?

『似合ってる』って言ったような……。

もしかして適当にそう言ったのかなとか、やっぱりお世辞なのかなと思ったけれど、尚史は視線を私の頭のてっぺんから爪先まで3往復させて、大きくうなずいた。

どうやら本当に似合うと思っているらしい。

「いいじゃん、似合うよ。勝負服、それにしとけば?」

「あ……うん……そうする……」

尚史は私が八坂さんとのデートに着ていく勝負服を選んでいるのだと思っているようだ。

……違うんだけどな。

だけど尚史本人に面と向かって『私が服を買おうと思ったのは、尚史と一緒に歩くためだよ』とは言いづらい。

< 110 / 732 >

この作品をシェア

pagetop