インスタント マリッジ~取り急ぎ結婚ということで~
「仮想カップル作戦はこれで終わり。明日からはまた元通りってことで」

「……うん」

私がうなずくと、尚史は私からゆっくりと手を離して、いつも通りの顔をして笑った。

「じゃあな、おやすみ」

「おやすみ」

おやすみと言う前にいつもしていた頬擦りもなく、尚史は私に背を向け自分の家に向かって歩きだした。

もう二度と会えないわけでもないし、本来の幼馴染みのあるべき姿に戻るだけなのに妙に悲しくて、まるで本物の恋人同士の別れのシーンみたいだと思うと寂しくなって、尚史の後ろ姿がにじんで見えた。


翌日は定時で仕事を終え、尚史と会うこともなくまっすぐに帰宅した。

通勤用のスーツを脱いで部屋着に着替え、今日こそあの漫画の新刊を読もうと意気込んでベッドに寝転がる。

こうして仕事のあとの時間を一人で漫画を読んで過ごすのは久しぶりだ。

以前は仕事を終えたら尚史と一緒にキヨの店に行くか、私か尚史どちらかの部屋でゲームをする日以外は、家で一人で漫画を読むのが当たり前だった。

一人で大好きな漫画を読んで過ごす時間は至福のときだと思っていたのに、今日はなぜか何かを忘れているような気がして、あんなに楽しみにしていたはずの漫画の内容がろくに頭に入ってこない。

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