身代わり令嬢に終わらない口づけを
 トラヴェルソは、横向きに吹く木製の楽器だ。貴族の令嬢が楽器など、と父親の伯爵は眉をひそめたが、ベアトリスはことのほかこの楽器がお気に入りでこっそりと嫁入り道具にと持ってきたのだ。

「わたくしが吹けるわけありませんわ。ですが聴くのは好きなので、たまに侍女に吹かせているのです」

「なるほど」

 ローズが言うとそれ以上は興味をなくしたように、レオンはまた飾り付けられた部屋を見回す。

「ベアトリス……トリス、と呼べばいいのか」

 夫婦なら、そう呼んでも差し支えはないだろう。

 だが、ベアトリスは心を許した身内にしかその呼び名を許していなかった。ベアトリスが見つかって入れ替わったあとでいきなりそう呼ばれたら、恐らく彼女は不快に感じるに違いない。

 そう考えたローズは、なるべくそっけなく聞こえるように言った。
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