ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】

へぇ……と、今日の大河原さんのコーディネートに目を走らせて、納得。

今日の大河原さんは、クラシカルな英国風のツイードのスーツ。白髪交じりの髪もきっちり整えてあって、清潔感がある。
この格好だけ見たら、実は普段だぶだぶ白衣羽織って、健康スリッパで社内闊歩してるなんて、とても信じられないし。
48歳独身、大手食品メーカーの開発部部長っていう肩書も、うん、たしかに悪くないな。

「以来、彼女が来そうなイベントには、絶対顔を出さないんです」

なるほど。
好みじゃない女性から言い寄られたら、大河原さんならとんでもない毒舌で追い払いそうだけど、取引先だったらそうそう無下にもできないだろうし……

ふむふむ、と頷いていると。

「樋口、新CMのフィードバックは来月末でよかったか?」

絶対零度の声音が聞こえ、
「え、ダメですよっ! 来週です来週!」
樋口さんが大慌てで反応した。

そして「わかりましたよ」と、後部座席にドンっと体重を戻す。

「もう余計なことは言いません」
子どもみたいに口にチャックする彼がおかしくて、つい笑っちゃった。

その顔のまま、窓の外へ目をやれば――

澄んだ水色の空の下、葉を落とした寒そうな街路樹や、肩を寄せ合う恋人たちが後ろへと流れていく。

見慣れた東京の一コマ。私の、日常だ。

まるで夢をみてたみたいな気がしちゃうな、こうしてると。
1週間前のことを思い出して、そっと視線を落とした。

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