ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】

事務所でカギを借り、地下へ降り。
パチッと電気をつけると、そこは見渡す限り、天井まで届く高さの棚で埋め尽くされている。

鏡や小物、食器といったこまごまとしたものから、オーナメント、布、ガラス板といったかさ張る大きなものまで、ずらっと並んでて。
撮影中急にスタイリングが変更になった場合、ここから気軽にアイテムを借りられるのも、このスタジオが重宝されている理由の一つだ。

「えーっと、ボウルと、お皿……っと」

久しぶりに来るから、アイテムの位置も種類もだいぶ変わってるな。
ええと、ボウルはどこだろう……

呼吸の音すら聞こえそうな静寂の中をうろついていると、どうにも落ち着かなくて、無意識にいろんなことを考えてしまう。


真っ先に浮かんだのは、さっきの会話だ。

――リー専務、本気でうちにいらっしゃる気はありませんか? 
――この前も確か、ヘッドハンティングの話来てただろう?
――他からもそういう話が……。まぁ実力からすれば当然、という気もするが。


棚の一つにコツンと額をぶつけ、「わかってる」と独り言ちた。

一緒にいるときの彼は、優しくて楽しい、素敵な恋人。
私を思いっきり甘やかしてくれる、最高の恋人。

でも……彼、やっぱりできる人なんだな。
リーズグループの名前がない今ですら、たくさんの人に認められてる。求められてる。
じゃあシンガポールで力を発揮することになったら。
一体どこまで飛べるんだろう、あの人は。


――彼はもっと大きな舞台で、羽ばたくべき人だ。

私が彼と別れれば、彼を自由にしてあげれば……そうすれば……


「懐かしいだろ」

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