ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】

<なぁライアン? ここは、なんて書いてあるんだ?>

フランス語で聞かれて、唐突に現実に引き戻された。
ようやく、今日の自分の役割を思い出した僕は、リーディングが苦手なサムからレシピを受け取った。

“焼き色がつくまで焼いて取り出す”だの、“香りが立ってきたら味噌を溶かし”だの、“なめらかになるまで攪拌する”だの……

印刷された内容を、わかりやすいフランス語に置き換えて説明すると。
サムは顎に手を当て、<なるほどね。味噌はいいな>と、感心したように唸った。

<じゃあこっちは?>

別のレシピを寄越される。
それを再びフランス語に訳しながら……その間も目は、意識は、どうしても飛鳥の方へ飛んでしまう――


「飛鳥、もうちょっとこっち寄せて」

彼女は今、矢倉の撮影を手伝っている。
シルバーの……レフ板、とか言うんだっけ。
それを両手に抱え、矢倉の指示に従って動かしてる。

「いい加減にアシスタント雇えって、前から言ってるじゃない。まだいないの?」
「いいんだよ、俺は一人で。あ、もう少し上向けて」
「はいはい」
「ていうか、お前やらない? 俺のアシ。時給900円」
「絶対お断り」

親し気なやりとり。
本当に、ただの仕事仲間なのか?

胸の奥が、焦げ付くようなもどかしさに埋め尽くされ、気が遠くなる。
飛鳥、彼は一体……君にとって……


「お待たせしましたーぁ!」

元気いっぱいの声が、スタジオ内に響いた。ラムだ。

「どもどもー! みなさん、お疲れ様ですぅ」
小ぶりの段ボール、けれど重量があるらしいそれを両手で抱え、よたよたと入ってくる。樋口が駆け寄って、彼女から奪うように箱を受け取った。

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