ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】
その日の夜。
時間通りになんとか仕事を切り上げた私は、家に帰り着くなり寝室のクローゼットを開け放ち、猛然と荷造りを始めた。
旅行カバンに、差し当たって必要なものを詰めていく。
――今はね、もう吹っ切れてるの。ベトナムには、私をお母さんって呼んで慕ってくれる子どもたちがたくさん待ってるし、彼らに会うためにも頑張って働かないといけないしね。
太陽みたいな笑顔が、救いだった。
彼女みたいにまた、私も笑えるようになるだろうか。
彼に別れを告げた後でも、まだ……
思い出に浸って、止まりそうになる手を叱咤しながら。
次から次へ、追い立てられるように。
感情を殺して、私の手は休みなく動いた。
BBB……
震えた携帯を取り上げ、メッセージを確認する。
会社を出る前連絡しておいた、“保険”が到着したみたい。
もう、後戻りはできない。
自分に勢いをつけるように、カバンのチャックを一気に閉めた時だった。
カチャっ……
玄関ドアが、開く音がした。
「飛鳥、帰ってるの? 今日は早いね」
嬉しそうな、ライアンの声が聞こえた。
パタパタ……スリッパが、軽快に廊下をやってくる。
この愛しい音も、もう聞けないんだな。
「夕食まだだったら、どこかに食べにいかない? たまには2人でゆっくり、さ――……」