ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】
僕は、カナダ国籍を持つカナディアンだ。
けれど。
母なる国、というものを、僕は知らない。
生みの親がどんな人だったかも、覚えてない。
記憶が残らないほど幼い頃、上海の黄家へと引き取られた――いや、売られた。
黄の部下や使用人の会話がわかるようになると、自然に理解した。
自分の立場というものを。
黒社会(ヘイシャーフイ)――マフィアと恐れられた黄の屋敷には、他にも似たような境遇の子どもたちが暮らしていて、家庭、というよりは寄宿学校のような生活をしていた。
シンシアも、その中の一人だ。
僕たちに自分を老板(ラオバン)――社長、と呼ばせていた黄は、感情の起伏の激しい男だった。僕たちは彼の機嫌を損ねないよう、上官に従う兵のように、ただ与えられたプログラムをこなしていて……
もう、ずいぶんあやふやな記憶だ。
努めて忘れようとしてきたせいだろう。
――お前は、生まれ変わったんだ。過去に飲み込まれるな。未来だけを見つめて生きていけ。お前は自由だ。
あの言葉が、僕を支えた。
自分のルーツがわからないことを、悩んだこともあったけれど。
関係ないと、前向きに割り切ることもできた。
僕はもう、カナダ人になったのだから。
大事なのは未来だから。
拓巳やナディアにだって、話したことはない。
だから、飛鳥にも話す必要はないと思って…………
いや違うな、と唇を噛む。