ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】
遠慮なく隣に腰を下ろし、体を寄せてくる女にギョッとした。
<シンシア……どうしてここが?>
<あなたの会社の近くでしょう、ここ。たぶん今日あたり、来るんじゃないかなって思ったの。やっぱり運命で結ばれてるのかもよ? わたしたち>
んなわけあるか!
バカらしくなりながら視線を飛ばすと、カウンターの中でバーテンが慌ただしくグラスを拭き始めた。
その気まずそうな顔を見れば、シンシアと通じていたのは明らかだ。
金でも積んだか、色仕掛けか……
舌打ちして、当分どころか金輪際、この店を使うのはやめよう、と結論を出し。
押し付けられる胸から体を離した。
<もう会わないって言ったはずだろ>
<あら、そうだったかしら>
悪びれずに言ってから「彼と同じものちょうだい」とオーダーを入れ、僕を覗き込んだ。
<ねぇどうしたの、何かあった? ずいぶん……この前と違うけど>
どう違うのか尋ねるのも面倒で、<あぁそうかい>と適当に返す。
これを飲んだら、もう出よう。
<別れたのね、あの日本人と?>
ビクン、と反応してしまった自分の幼さにうんざりしたけど、もう遅かった。
<フラれたのね?>
紫のアイシャドーで縁どられた妖艶な瞳は、キラキラ照明を跳ね返しながら、楽しそうに僕を見つめている。
同じ黒い瞳なのに、飛鳥とは似ても似つかぬ眼差しだった。
<…………>
苦々しくグラスに目を落とすと、軽やかな笑い声が弾けた。
<やっぱりね。無理だと思ったわ。所詮、彼女は日本人だもの。わたしたちの気持ちなんてわかりっこない>