ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】
逃げなきゃ、そう思うのに、身体が言うことを聞いてくれない。
動揺に視線を揺らす私を見つめ――翡翠色の瞳が、嬉しそうに煌いた。
「あれ、もしかして……ドキドキしてる?」
「まままさかっ」
――そうなんですよっ! 間違いないです。同じ帽子かぶってたし。
そうだ。忘れちゃいけない。
SDが見張ってるのだ。
ライアンに近づいたら、ダメなんだ。
私たちは、一緒にいちゃいけない。
なのに……囚われた視線はもう、一瞬だって逸らせない。
その色を深めていく翡翠の双眸の奥へ、ゆらめく炎が見える。
本性をむき出しにした、獣のような強い光――
「ねえ飛鳥。君はさ、もうガラスの靴を履いてしまったんだ」
内緒話をするみたいに、彼が耳元へ唇を寄せた。
「返品は、受け付けてないんだよ」
とろりと蜂蜜のように滑らかな声が、鼓膜へ心地よくまとわりついて離れない。
どうしよう。
指先までジワリと、甘やかな何かに浸され、痺れていく。
動けない。逃げ出せない。
どうしよう。
どうしよう……
「想うだけ、なんて中途半端なことは言わない。絶対に君をこの手に取り戻すよ。覚悟しておくんだね……シンデレラ」
朧に形を無くしていく思考の奥で、彼の言葉だけが繰り返し響いていた。