ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】
フェミール池袋は、住宅街の中にある。
周辺の人通りは、あまり多くない。
僕が振りむいた時、その男のことも、だから当然、すぐ目についた。
電柱の陰、隠れるように立っていたから余計に。
薄いグレーのダウンジャケットにジーンズ、黒のベースボールキャップを目深にかぶった男だ。
「……君、スタジオに何か用かな?」
気になって声をかけると。
弾かれたように、その顔がこっちを見た。
まだ若い男だ。20代前半くらい?
一瞬だけぶつかった眼差しに敵意のようなものが見え、脳裏にハザードが点滅する。
誰だ……?
次の瞬間。
男はダッと身を翻して、走り出した。
「おい、待てっ!」
虚を突かれた僕は、わずかに反応が遅れた。
慌てて後を追ったのだけど……2度目のコーナーを曲がったところで見失ってしまう。
まぁ、いいか。
本気で何かあると思ったわけじゃないから、それ以上探すこともなく僕は引き返した。
それを、後で後悔した。