ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】
「……へ?」
間抜けな声を上げる私に、ライアンは落ち着いた眼差しを向ける。
「真杉さんなら知ってると思うけど、僕のマンション、目白なんだ。車ならここからすぐだし、キッチンも調理器具も好きに使ってくれていい。リビングの家具を動かせば、撮影場所くらい確保できるよ。別の日を設定し直すよりも、現実的だと思うな」
一言ごとに、目の前が明るく開けていく心地がした。
そうだ。どうして気が付かなかったんだろう。
スタジオじゃないと、って思い込んでた。
あの部屋なら……
本格的なアイランドキッチン、リビングダイニングも広くて、これだけの人数と荷物、それからクライアントが加わっても……うん、大丈夫だ。
「いいな、それ」と、雅樹も頷く。
「今回は料理をヨリで撮るだけだから、スペースは広くなくていい。バックのペーパーもいらない。今日は晴れてるから、自然光をうまく使えば、照明機材も最小限で済む。何も専門のスタジオを使わなくてもいい」
どよんって沈んでいたスタジオの空気が、一気に晴れていくのがわかる。
南波さんも、大量の食材を無駄にせずにすんで嬉しいんだろう。
アシスタントさんと手を取り合っている。
「ほんとに、いいの?」
「もちろん。君の役に立てるなら、これほど幸せなことはないね」
寄越された、包み込むような微笑みに。
とくんっ……て、
鼓動が跳ねた、ことは秘密だ。
「ええと、それじゃ……お願いします」
熱くなった頬を、お辞儀でごまかして。
そして。
「じゃあ皆さん、移動しましょう!」
解き始めた荷物を再びまとめ直し、大移動が始まった。