ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】
「いくら、払えばいいの?」
ソファに座る男の、長い足をしなやかに組んだ姿から目をはがして。
頭の中で素早く計算した。
今日のスタジオは、あっちのトラブルでNGになったんだから、キャンセル料も発生しないだろう。
そこへ行くはずだったお金を回せば、それなりに満足できる金額になるんじゃないかな。たしかに、食器や調理器具も使わせてもらったから、それを含むとしても。
関係者ってことを考えれば、そこまで高額をふっかけてくるとも思えないし……
「そうだなぁ何にしようかな」
……ん? え?
「何、に? お、お金じゃないの?」
私が聞くと、びっくりしたような顔で、彼が私を見上げる。
「お金が欲しいなんて、一言も言ってないよね?」
「だってライアン、使用料、って……」
「うん、だからさ。使用料をお金で払うか、それ以外のもので支払うか、っていうことだよね。そして僕は、それ以外の物を望む」
どうしてだろう。
屈託ない笑みの中に、不穏なものが見え隠れしているような気がして。
私は落ち着かない手をおどおどと組み合わせ、彼を窺う。
「そそれ以外の、もの……って?」
「それをね、さっきから迷ってるんだよね。何がいいかな?」
暮れかかった最後の陽の光が、瞼を伏せた顔を照らし出す。
その悩まし気な表情に、思わず見惚れてしまいそうになって。
自分の気持ちを必死で押しとどめた。
ダメだ。
見つめちゃ、ダメ……
「くちびる」
「……は?」
我に返って、顔を上げる。今、なんて?
瞬きを繰り返す私を、ライアンが微笑みながら見つめた。
「飛鳥の、唇が欲しい。キスして、飛鳥。君からだ」