ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】
彼女にばかり目が行ってしまう僕とは反対に、相手は全くこちらを見ようとしない。
完全に無視だ。
やっぱり、鍵はベースボールキャップの男か、と自分のグラスを空けながら、考える。
昨日医務室で、スタジオの前で見かけた、その男の話をした時。
柔らかく僕に寄り掛かっていた体が、一瞬にして金縛りにあったみたいに強張っていったから。
――やだな、ストーカーなんかじゃないわよ。ああいうスタジオってよくいるの。
笑っているのに、今にも泣きだしそうな顔だと思った。
ほぼ間違いなく。
彼女はあれが誰か、知っている。
いや、知らないかもしれないけれど、検討くらいはついている、そんな感じだった。
何者だろう……?
矢倉は知ってるんだろうか?
飛鳥、一体君は……何を隠してるんだ?
彼女は今、チビチビと、ウーロン茶らしいドリンクを舐めている。
体調は、あまり戻ってないらしい。
飛鳥に会いたくて計画した会だけれど、早めに引き上げた方がいいかもしれない。無理をさせたいわけじゃないし……
そう考えたのは、僕だけじゃなかったようで。
始まって早々に、「無理するな」とソフトドリンクメニューを渡す矢倉が恨めしい。
彼女の変化に気づくのは、僕だけで充分なのに。
<この香り、味付け、本当に素晴らしい。さすがだな。なぁ、作り方を聞いてみてくれないか>
ふいに。
横から流れるようなフランス語で尋ねられ、僕は強制的に思考を打ち切った。