ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】

大きな瞳がためらいがちに上向き、僕を見つめる。

「……新しい関係に目を向けることも、大事じゃないですか?」

言い終えるなり、唇を固く閉じる。
震えまいと必死に結ぶそれは、控えめな桜色のルージュがよく似合ってる。

あぁキスしたい。
顎を掴んで、舌を入れて。
あの色を、めちゃくちゃに散らしてみたい――

そんな邪な目で見られているとも知らず、再び桜色の唇がおずおずと開いた。


「もう終わってしまった関係に、未来はないでしょう? 相手だって困ると思うし、自分だって幸せになれない。それより新しい相手と新しい恋愛を始める方が、ずっと現実的だと思うけど」

なるほど。
つまり彼女は僕に、諦めろと言いたいわけだ。
いくら想っても無理。
他に恋人を作って、自分を忘れろと。

諭すように話す飛鳥の冷静な口ぶりが、僕を無性に苛立たせた。


「へえ、じゃあ君は、本気の恋愛をまだしたことがないんだね」

口から飛び出したのは、ひどく刺々しい言葉。

「なっ……」

「僕も諦めようとしたよ。理性的に考えて、この想いは葬るべきだと思った。でもできなかった。できるわけないよね。本気で愛してるんだから。オンオフ、リセットなんて、コンピューターじゃあるまいし不可能だ」

「お互いの幸せを考えるならっ――」
「それは嘘をついて、自分の気持ちを騙すってことだ。僕はそんなの嫌だね。絶対諦めない。必ずもう一度、彼女を振り向かせてみせるよ」

飛鳥の表情が、強張っていく。

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