ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】
充分に頭を冷やして、彼女に襲い掛からないよう落ち着きを取り戻してから。
ようやく僕は立ち上がった。
そろそろ行こう。
ええと、どっちから来たんだっけ。
迷路のように入り組んだ廊下は、どこも似たような装飾で……
完全に方向を見失ったことに気づき、適当なスタッフをつかまえて尋ねようと歩いていると。
前方から聞き覚えのある声がすることに気づいた――矢倉だ。
一人分の声しかしないから、携帯で話してるんだろう。
鉢合わせするのがイヤで、引き返そうとした。
けれど。
「バカだな。俺が浮気って、そんなことするはずないだろう?」
初めて聞く甘い声に、足がピタリと止まった。
なんだって?
なだめるような優しい声は、途切れることなく続く。
「おいおい、信じてないのか? 女なんか入れてないって。帰ってくればわかる。俺にはミユキだけだよ。当たり前だろう。早く戻って来いよ。待ってるから」
は? なんだって――ミユキ?
誰だ、それは。
全身の血が、沸騰する。
角を曲がると、携帯をレザージャケットのポケットにしまっている矢倉がいた。
そのまま胸ぐらをつかみ、逃すまいと壁に押し付けた。