ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】
「式の準備はどう? 進んでる?」
奈央さんから聞かれた私は。
スープをレードルですくいながら、「日程と場所は決めて、予約は入れたんですけど、……」と、言い淀んだ。
結婚式、か……
「他のことをいろいろ決めようとした矢先に、カナダから連絡がきたんです。お義父さんが倒れたって」
「ええっ」
驚く奈央さんに、急いで「大した事ないらしいんですけど、過労だって」と説明する。
去年のクリスマスの朝だった。
彼の携帯に、お義父さんの秘書の張さんから電話がかかってきて。
あの時はどうなるかと思ったな。
「それで一応お義父さんが落ち着くまで、様子を見ようっていう話になってて」
「そっか、やっぱりご両親には来ていただきたいもんね」
そうなんですよ、と答えたところで。
きゃっきゃとはしゃいだ笑い声が聞こえてきた。
間仕切りの向こう、リビングにチラッと覗くのは、優羽ちゃんを抱っこしたライアンだ。
彼の腕が、軽々と小さな体を持ち上げてる。
「おい、落とすなよ?」
拓巳さんの心配をよそに。
「とりしゃん、とりしゃん!」
手を叩いて、優羽ちゃんは大興奮。
そんな彼女を見上げる翡翠色の瞳は、見たことないほど柔らかくて。
こっちにまで穏やかな空気が漂ってくるようで……
じわっと、一足早い春のような心地になる。
もうすぐ、あの光景が私たちの日常になるかもしれないんだ。
子どもが生まれて、一緒に育てて――……
こうしてると、なんだかあの時のことは夢だったんじゃないかと思えてくる。
――忠告してあげるわ。早く別れなさい。
ギクリと、身体が強張った。