ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】
3. 秘密~ライアンside
「あの担当者って、絶対専務に気があるぜ」
タクシー移動の時間を有効活用しようとしていた僕は、膝の上のパソコン画面から目を離さないまま、適当に「まさか」と返事した。
メンテナンス契約と、関連案件の発注だろ……
長引きそうな交渉の項目と価格を、頭の中ではじき出していく。
今日中に契約書をまとめられるかな。
そうしたら、夕食はどこか新しい店でも予約しようか。
いや、飛鳥が同じく残業なしで帰ってきてくれる保証はないから、やめておこう。
諦めの吐息をついたところで、目を上げると。
車は渋谷を過ぎたところだ。会社まで、あと少し。
確認してから、ふと恨みがましい視線に気づき。
隣に座る部下・田所亮介(たどころりょうすけ)の人好きのする顔へと、目をやった。
「えっと……何?」
「専務のことばっかり見てた、彼女。シャツのボタン、絶対ワザと外してたし。あんな色気むんむんの女を前にして、よく平然と契約の話とかできるよな」
「なに、ああいうのがタイプだった?」
「違うっ! 違うよっ! けど!! ああああ、いいよなぁああ、おれもイケメンに生まれたかった!」
短く刈り込んだ黒髪をガシガシっとかき回して、亮介が叫ぶ。
タクシーの中だということを、完全に忘れてるな。
まあ、こういう素直さも彼の長所なんだろう。
上下関係を重視する日本の会社では無理だと半ばあきらめていたけど。
こちらが頼んだ通りフランクに接してくれるこの愛すべきキャラクターを、僕はかなり気に入っている。
ルックスだって、彼、悪くないと思うんだ。
“イケメン”の基準なんて、人それぞれだしね?
ただ、なかなか彼女ができないのが悩みらしく。
(いつも良いお友達、で終わってしまうそうだ)
30代半ばにさしかかり、かなり焦っているのだと、耳タコなくらい(耳タコ、おもしろい表現だ)聞かされてる。
「そんだけモテて、相手に不自由してないのに、なんで真杉さんと婚約するんだー、神様って不公平だぁあああっ」
あぁまたか、と僕は密かに顔をしかめた。
結局、亮介の愚痴はそこにたどり着く。
彼は、飛鳥のファンなのだ。