ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】
威圧感たっぷりの重低音が響いた。
続いて、隣に座っていた編集者の身体がぐいっと後ろへ傾き、見事に椅子から転がり落ちた。
代わりに座ったのは、大柄な白人女性――見た目だけは。
「ちょっと、何すんのよ!」
「あら失礼、ちっちゃすぎて見えなかったわ。もうちょっと食べた方がいいんじゃないの? あちこち、サイズも足りないようだし?」
豊かな赤毛をかき上げながら流暢な日本語で言う相手の視線が、自分の胸を見ていることに気づいた彼女は。
「な、な、な……!」
噴火直前の活火山のごとく戦慄いている。
「それにね、2人の取材については、あたしをまず、通していただかないとねえ」
馴れ馴れしく僕の肩へと伸びた白い手に、「えっ」と、編集者の顔が強張った。
「カレントウェブの、方、ですか?」
僕の手から名刺がむしり取られた。
「そうよ。営業部長、ナディア・トレヴィス。あなたは? えーと、A出版の斎藤さん、ね。あ、そうそう茂木さんはお元気?」
「め、名誉主幹をご存知ですか!」
彼女の顔から血の気が引き、瞬く間にその勢いが削がれていく。
「あのねえ、プライべ―トの時間にいきなりって、こういうのは困るの。きちんとルールは守っていただかないとね。Understand?」
「は、はいっ! 申し訳ありません!! あの、失礼いたします!!」
にこりと笑顔ですごまれ、哀れなくらい怯えた編集者は、数秒で店から姿を消してしまった。