ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】
バンクーバーで暮らしていた僕が来日したのは、4年前。
大学時代の友人が東京でITベンチャーを立ち上げることになり、それを手伝うことにしたのがきっかけだ。
出発を翌週に控え、荷造りもそこそこに、連日ガールフレンドたちと別れを惜しんでいた僕のもとへ、シンガポールからメールが届いた。
リーズコーポレーションのアカウントを見た時、なんとなく嫌な予感はしたんだ。
パソコン画面を見つめたまま、厄介なことになったなと、僕は小さくうめいた。
――シークレットデパートメントへ協力せよ。
英語でごちゃごちゃと説明書きはあったが、つまり要件はそういうことだった。
僕の父親は、リーズグループ――総合商社リーズコーポレーションを中核企業に、多くの子会社を持つ、世界有数のコングロマリット――の、創業ファミリーに連なる一人だ。
彼から、なんとなく聞いたことはあった。シンガポールの本社内に、限られた人間しか接触できない、極秘部署があるらしいと。
なんでもそこは、リーズコーポレーションCEOにして、リーズグループの会長(内部の人間は、「総帥」と呼ぶことが多い)フレデリック・リー氏直々の命令で動いているという。
まさか本当に存在したなんて。
パスワードを入力してファイルを開くと、シークレットデパートメント(SD)が、グループ内部の不正等の調査を行い、外部に漏らすことなく適切な処分・処理を行うための部署であることなどが記されていた。
細かく定められた項目をうんざりしながら流し読んで、大体を理解した。
ようは、日本滞在中スパイとして働けってことらしい。