ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】
《ちょっと、ねえ、聞こえてる? ライ?》
黙っていると、彼女は北京語から上海語に切り替えて話し出した。
<なんの用だ?>
スムーズに自分の口から流れ出した上海語に、ゾッとする。
《あら、ひどい人。久しぶりなのに。ねえ今東京にいるの。会いましょうよ》
すぐ断ろうとして……しかし、と思い直した。
今後も来日のたびに呼び出されたり、飛鳥に余計なことを言われたりしたら困る。
ちゃんと伝えておいた方がいいかもしれない。
もう僕にはフィアンセがいるのだと。
◇◇◇◇
<こっちよ、ライ>
壁もテーブルも椅子も、すべてが黒づくめ。
磨き上げたそれに、赤みがかった照明がやけに淫靡な光を投げる店内。
呼び出された麻布のバー、カウンター席の中央に、ストレートの黒髪を長く伸ばしたエキゾチックな女……シンシア・チェンが座っていた。
<相当飲んだな>
<あら、そう見える?>
外に出たらそのまま凍死しそうな、ノースリーブの黒いワンピース。
そこから覗く腕や首まわりがほんのりバラ色に色づいている様子は煽情的で、さすがに居心地が悪い。
視線を逸らしながら、隣のスツールに腰を下ろすと、すぐに熱を持った腕が絡みついてきた。