ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】
4. 訪問者~飛鳥side
「飛鳥さん飛鳥さんっ、あたし、おかしくないですか? メイク、派手すぎじゃないですかねっ?」
歩きながら、器用に携帯用ミラーへ自分を映しているのは、営業アシスタントの篠木羅夢(しのきらむ)ちゃん。
虎ノ門の駅から出て、それからずっと、最終チェックに余念がない。
「うんうん、大丈夫。大丈夫だから少し落ち着こうか」
歩調とシンクロして揺れるツインテールを眺めて、嘆息する。
これからクライアントと打ち合わせだって、わかってるのかこの子は。
「ハル君、色白の子が好みなんです。この前のイベント、エマのコスプレしたら、超喜んでくれてぇ!」
ラムちゃんは、もう少しどこかを盛ることにしたらしい。
またしても器用にカバンの中を探りだすから、「仲いいのね」って、あくびをかみ殺しながら適当な返事で流したんだけど。
「飛鳥さん!」
イキナリ、両手を握られた。
その目には、リアルな涙が浮かんでて、ギョッとする。
「な、何?」
「あたしたち、ロミジュリなんです! わかりますか、ロミジュリです!」
「はぁ、ロミオと……ジュリエット?」
「そうなんですよおおおっ! だってハル君は、シリウス推しでしょ。でもあたしは、もうずーっとファルコン様一筋っ!! わかりますか、ワルキュリーエVSユグドラシルの構図っ! オルオタ界のロミジュリなんですよ、あたしたちはぁっ!」
いや、全然わからない。
とは言えず、「へえ」と曖昧に笑っておく。
おそらく、推しキャラが違うってことだろう。
えいっと力を入れて、両手を彼女の手から引き抜いて。
集まる周囲の視線を避けるように、「大変だね」と距離を取る。
はぁ……もう。
このエネルギーを10分の1でいいから仕事に向ければ、部長からの評価もずいぶん上がると思うんだけど。あんまり言うと、お局っぽくて嫌らしいしなぁ。
彼女は筋金入りのオルオタ(“オルレアンの唄”、というアニメをこよなく愛するオタクのこと)で。
同じくオルオタの樋口治樹(ひぐちはるき)さんとめでたく付き合うことになったのは、とても喜ばしい。が……彼はこれから向かうクライアント、オオタフーズの広報担当者でもあって。
微妙に不安を覚えなくもないのだ。
――仕事の支障? 公私混同? ないです、ないない、全然オッケー! 任せてくださいよっ!
イマイチ信用ならないのよねえ、このテンション。