ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】

オオタフーズ、と刻まれた御影石が視界に見えてきた頃。

「あ、そういえば飛鳥さん」
と、メイクの仕上がりにようやく満足したらしいラムちゃんが、私を見た。

「ほんとにもう飛鳥マジック発動しないんですか? 友達から飛鳥さんのこと紹介してくれって、すんごいせっつかれてるんですけどぉ」

「あ、あぁ」

飛鳥マジック。
私が仲を取り持ったシングル男女が次々ゴールインしたことがあって、そんな名前で呼ばれたっけ。あの頃は、魔法みたいなんて言われていい気になってた。

何を隠そう、ラムちゃんと樋口さんを引き合わせたのも、私だったりして。
けど。

「……うん、あれはもうおしまい」

「ええっマジですかぁ」

ラムちゃんをはじめ、期待してるくれる女の子は社内に未だいて。
みんなには申し訳ないと思うんだけど……ある事件があって、もうそういうことはしないって決めたんだ。

ある事件――私が彼と出会った、あの事件。


ライアン……

大切なその人の名前を口の中でつぶやいて。

赤レンガを積み上げた重厚な建物の入口、そのドアガラスに移る自分の格好を一瞥した。

服で隠れるから、真夏よりは楽だけど。
しばらくハイネック以外着られないな。

服の上から、喉元へと触れる。
その下に潜んでいるのは、無残に散ったうっ血の跡――激しい夜の名残だ。

彼はセックスの時、相手の身体を噛む癖がある。
散々ケンカ腰で怒って、最近はようやくキスマークって呼べるくらいのアトに落ち着いてきていたのに。

今朝鏡を見て、ギョッとした。
最初に抱かれた時と全く同じだったから。
つまり……野獣に襲われました、みたいな。

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