ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】

オオタフーズの社屋から出た私は、別件の用事があるというラムちゃんと別れ、駅に向かってゆっくりと歩き出した。

季節外れの温かさにマフラーを緩めながら、懐かしい面影を思い浮かべる。

雅樹と別れたのは、もう4年以上前。
任される仕事の規模も大きくなって、やりがいを感じる一方、
忙しさも半端なくて、デートをドタキャンすることも増えて。

だから、自業自得だったのかもしれない。
私は彼の浮気現場を、この目で見てしまったのだ。
あれは結構、キツかったな。

――ごめん。飛鳥……
――言い訳、しないんだ?
――お前は一人でも平気だろ? でもあいつは、ミユキは……
――もういい。わかったから。別れたいんでしょう?

聞き分けのいい大人の女ぶって、文句も言わず、そのまま別れた。
あの時は。

でももし今ライアンが……と考えて、ぎゅっと胸を押さえた。
想像しただけで、呼吸が苦しくなる。

彼からあんな風に切り出されたら。
私は、おとなしく頷けるだろうか。

彼からもし、別れてほしい……なんて……


やだやだ、何を縁起でもないこと考えてるのよ!
ブンブン、思いっきり首を振り――


カチャ

小さな音が聞こえた気がして、ビクッとその動きを止めた。

顔を上げると、道端に一台の車が停まっていた。優美な流線型を描く、セダンタイプの漆黒の外車。
音は、運転席の開く音だった。

降りてきたのは、スーツ姿の男性。年は……私と同じくらい?

艶やかな黒髪、フチなし眼鏡の奥の思慮深そうな一重の瞳、小さめの鼻や口元。
和服だって似合いそうな、正統派の美形だ。
< 86 / 343 >

この作品をシェア

pagetop