ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】
5. 過去~飛鳥side

「いくらでも構いません。ご自由にお書きください」

駅前の、カフェ、というよりは喫茶店、といった方がしっくりくる年季の入ったクラシカルな店内。サボり中らしいサラリーマンが数人コーヒーをすする他は、閑散としたそこへ向かい合って腰を下ろすなり、差し出されたのは――小切手だった。

金額欄は、空白。これって……

「手切れ金、というのでしょうか。日本語で申し上げると」

……え、手切れ……って。
つまり、ライアンと別れろってこと?

ごく冷静に言葉を重ねる目の前のその人を、呆然としながら見上げるけど。
サイボーグみたいに、その表情は揺らがない。
とても冗談を言ってる雰囲気じゃなさそう。

ますます訳が分からない。
だって、この人はお義父さんの秘書でしょう?
ってことは、お義父さんの代理で来たってこと、でしょ?

「で、でもお義父さんは、結婚のこと喜んでくれて……」

――オメデトウ、ホント、ハッピーです。オトウサン、呼んでくれるト、嬉しい、思いマス。

あんなにニコニコ笑って、お義母さんと一緒に祝福してくれて。
なのに、いきなり別れろって……どういうこと?

混乱する私を見て、張さんは「あぁ失礼、説明が足りませんでした」と言い、眼鏡を取った。

「ジエン様は……」

目頭を揉みながら独り言ちるように言われた時、私はようやく、彼がとても疲れているらしいことに気づいた。
眼鏡の下から現れた瞳の下には、何日も寝てないかのようにクマが浮いてるし、顔色もあまりよくない。

「私がここへ来たことを、ご存知ではありません。私の一存で参りました」

一存で、ってことは。
別れてほしいっていうのは、張さんの希望、ってこと?

不信感に眉をひそめる私の前で。
再び眼鏡をかけた彼は、責めるような色を隠しもせずにこちらを睨みつけた。

「あなたのせいで、とあえて言わせていただきます。ジエン様が今現在、大変困った事態に追い込まれていることを、ご存知ですか」
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