ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】
「総帥は昔よく、側近にこう漏らしていたそうです。『ライアン・リーには足りないものがある』と。何か、おわかりになりますか?」
足りない、もの? ライアンに?
私から見たら、ものすごく才能にあふれた人だけど。
ええと……勤勉さとか? よくふざけてるし? でもやることはやるしな。
リーダーシップ? ううん、彼からお願いされたら、みんななんでもやっちゃうんじゃないかな。
腕を組んで考え込む私に業を煮やしたのか。
「野心です」と簡潔な答えが返ってきた。
「やしん……」
「ライアン様は、とてもお優しい方です。早くから自分は跡を継ぐつもりはないと宣言され、一見乱れた生活を送られていましたが、それも弟様の方が跡継ぎにふさわしいと、周りに納得させるためのパフォーマンスでした」
「えっ、そうなんですか?」
あのプレイボーイっぷりが演技? そうなの?
眉を寄せたままの顔を向けると、ゴホゴホっと張さんはわざとらしく咳き込んだ。
「……まぁ、私は、そうであろうと、信じております」
そしてもう一度、改まった調子で口を開く。
「ともかく、ライアン様には昔から、ご自分の人生を達観してらっしゃるようなところがございました。本気を出さないよう、常にご自身でコントロールされているようにも見えました」
本気を、出さないように……
その言葉に、以前彼が話してたことを思い出した。
――昔からそこそこ器用だったからね、勉強も仕事も、苦労したことはなかった。困らない程度に金や時間があって、楽しく面白く過ごせれば、それでいいと思ってた。
もしかしたら、それは養子として育ってきた中で、自然に身についてしまった姿勢なのかもしれない。
与えられた環境にうまく馴染むこと、その環境に満足すること……
「けれど昨年の夏、本社に乗り込んできたライアン様は、明らかにそれまでとは違っていたそうです」
そして私はようやく、彼が私にプロポーズするまでの2か月間、音信不通だった間にシンガポールで何をしていたか、知ることになった。