『少年時代』
「明日は祭日(まつりび)やけん、昼飯食ったらスグ、みんな姉子の浜に集合な!」


「やっぱ泳ぐんかあ?」


「あたりまえじゃ」

ガキ大将の、この指とまれ! で、子供らはその約束を確かめ合う。

しかしそんな最中にハナクソをほじりながら康晴は、ブフッ! と、また屁をこいた。

仲間同士和気あいあいの雰囲気が一瞬凍りつき、氷点下の寒い空気が駄菓子屋に漂う。


「やっちゃん。ここはせめて口で返事しようや……」


「あ、すまんかったよお」

そう言いながら康晴はへらへらと笑うが、うわっ、くさっ! 子供らに、悪臭のパニックを引き起こす。


「やっちゃん、昨日なに食った?」


「んと、もつ鍋とぎょうざ?」


「……ぎゃあ!」


「みんな外へ逃げろ!」

まさに蜂の巣を突いた如く、下級生も上級生もみんないっせいに駄菓子屋から駆け出す。


「まって! オレところてん食うってばよお」


「バカ康晴、もう知らん!」
 
それから枝分かれして三々五々、子供らは道々遊びながら家へ帰っていく。

黒いランドセルも、赤いランドセルも、スキップしながら”わはは”と笑い、時折”いひひ”と友達にちょっかいをだす。

この港町に生まれ育つ自由奔放な小童(こわっぱ)たちの後姿を見送ったあと、駄菓子屋のおばちゃんは軒下に手書きの板を吊り下げた。
 
 『ビニル浮き輪』有りマス(小)五百円ヨリ(大)七百円ヨリ――


「まったく、康晴は相変わらず屁こき虫やねえ――」


呆れたようにそう呟いたが、しかしおばちゃんの微笑みには優しさが滲む。
 

「はあ、それにしたって、もう暑かねえ」


額に手を翳(かざ)しておばちゃんは空を見上げる。

眩さに目を細めると、遠くで蝉しぐれが鳴っていた。


 
 (第二章『昭和の夏もよう』) 了。
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