死に損ないはヒーローのとなり
「『今朝のことをもう少し、詳しく教えてくれるかな?』」
先生の優しい声が身体に染み渡る。なんて心地いいんだろう。自殺未遂していたこと。妙な頭痛や寒気に襲われて、それが私や日向くんを助けたこと。夢み心地のふわふわした意識のまま、私は今朝の細かな顛末を口から流していた。
「ふふ――『いい子』」
先生の褒め言葉が脳に染み渡る。椅子の背もたれにぐったりともたれた私を撫でて、先生はまた話しはじめる。
「やっぱり、君はただのイプシロンではない。ヒーローなんかでもない。《因果の特異点》――まさかこんなところで出逢えるなんてねえ」
聞こえてくる文字列の一文字一文字ははっきりと 分かるが、文字を言葉として認識しようとすると心地よさに阻害される。
「今この世界は……いや、ベータレイヤーも、平行世界も含めて、君の思い通りだよ。全ての因果が君に委ねられている。頭痛や寒気での予知はその一部でしかない――ねえ、『君が最も望んでいることを教えて?』」
「……普通に、恋愛、して……青春、したい、です……」
あはは、と先生は笑った。でもそれは蔑むような笑いではなく、どこか慈しみと同情の滲んだ笑いだった。
「そっかそっか。友達も出来たことないって、言ってたもんね。……ぼくも一緒だったよ」
先生がどういう事を言っているのかは、煙に包まれた意識では掴めない。ただ、白衣を着た腕が暖かく私を背もたれごしに取り巻いたのは分かった。先生のふわふわした髪が私の肌に触れる。ラベンダーの匂いがする。
「ね、『僕を好きになってよ』。僕と恋をすればいい」
先生、を、好きに――?私はぼやけた思考の中で混乱していた。
「君なら世界を救えるはずだ。何も、君を疎んだ世界の救世主にならなくてもいい」
私の長い前髪を撫でつけると、先生は背もたれから離れた。
「ぼくと幸せになりたいと願うだけでいい、そうすれば――おのずと、君はあちらの世界を救って、この世界を捨てられるのだから」
ただ、まだ深く暗示をかける段階ではないけどね。そう呟くと、先生は私の額に手を添えた。
「『ぼくのカウンセリングを受けて、君はとってもすっきりした気分で目覚める。さっき、僕が言った全てを君は忘れてしまう。でも、ぼくへの恋愛感情は目覚めてからも抱き続ける。おはよう』」
私の意識は様々なものを手放して、すっと現実に戻った。