死に損ないはヒーローのとなり
 あれ、眠っていたのだろうか。頭が痛い。日向くんがここを飛び出していってからの記憶がすっぽりと抜けている。
 
 「何を言っているの。ちえりちゃんはぼくのカウンセリングを受けていたでしょう」
 
 くすくす、と何だか楽しそうに笑う先生に、ひと握りの違和感を感じる。
 
 「そう、でしたっけ。……なんだか、また、頭が痛くて」
 
 ほんの一瞬、先生の笑顔が戸惑った。が、またすぐに今までの調子に戻る。
 
 「……今日は特に色々あったから、精神的な疲れが身体に現れているんじゃないかな?」
 「そう……かも、しれないです」
 
 冷め切った紅茶がやけに残っている。手をつけるのもはばかられて、言葉を繋げる。
 
 「これ、日向くんにも、聞いたんですけど……あの、学校、とかって……」
 「君、ほんと真面目で、『いい子』だね」
 
 とくん、と心臓が跳ねた気がしたが、なにかいけない気がして目を伏せる。そんな私の様子を心なしか先生が窺っているような気がする。
 
 「適当に診断書出してあげるから。日向くんたちにもいつもそうしてるんだ」
 
 ということは、他のヒーローも日向くんのように――学業なり仕事なりと兼業ということか。
 
 「君は本当に頭の切れる子だね」
 
 勝手に私の思考を覗き見ると、先生はまたくすくすと笑った。

 「基本、ヒーローは兼業だよ。本業じゃない。……といっても、日向くんと葵くんの二人は学生だし、僕は診断書で休む職業じゃないけれど。ああ、少し前まで社会人ヒーローがいたんだけど、平行世界に引きずり込まれちゃって。生きてるのか死んでるのかさえも分からない」 
 
 死んでたかも、と笑う日向くんを思い出して、私は縋るように白いティーカップに手を添える。少し怖がらせちゃったかな、と先生は残っていた紅茶をあおった。
 
 「肩の力を抜いて。たまたま、君は選ばれただけだよ。君はイプシロンとしてこの世界に選ばれたけれど――この世界のためにヒーローとして命を賭すかは君が選んでいいんだから」
 
 ――この世界のために。まさか私が、そんなフレーズを反芻することになるだなんて。
 
 「君の境遇を鑑みて……素直にはい、戦えます、なんて言えないのは痛いほど分かるよ。だからもし辛くなってしまったら、いつでもぼくの所へ来てね」
 
 そのときはまた様子を見てカウンセリングをしようか、と先生は微笑んだ。たどたどしく礼を述べて席を立とうとすると、ドアが開かれる音がして、先生がティーポットを持って戸棚へ向かう。
 
 「日向君たちが帰ってきた。ちょうどいい。葵君とも顔合わせするいい機会だろう」
 
 四つのティーカップに、暖かいアールグレイが注がれて芳しい香りが部屋に広がった。
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