死に損ないはヒーローのとなり
それからはひどく短く感じられた。日曜日の朝によくやっているヒーローものの番組を見ている気分だった。

「ほら、もう大丈夫」

ホームの下から這い出でる。彼の優しい笑顔のうしろで、カマキリの影が細かくなって散っていくのが分かった。

「あの、え、……あ、ありがとう、ございました」

  差し出された傷だらけの手を握らずに、私は立ち上がって頭を勢いよく下げた。ずっと言い損ねていた言葉をやっとの思いで吐き出す。
 
 「そんな、俺の方こそありがとうって言わなくちゃいけないのに」
 「え、」
 
 驚いて顔を上げた私の手を彼は取った。
 
 「君が教えてくれなかったら、俺あのまま呑み込まれて――」

  死んでたかも、だなんて物騒な言葉が彼の笑顔の端から零れてくる。彼の能力は触れているものしか加熱できない。呑み込まれた状態で能力を使えば、彼自身をも焼くことになってしまっていた、ということらしい。
 
 「考えながら戦うの、すげえ苦手だから。俺。屋根ごと加熱して焼くとかも思いつかなかったし!あれはあれで死んでたかもな」
 「わ……笑いごと、なんですか? それ」
 
 彼の笑顔が、ほんの一瞬だけ薄れた。が、またすぐに元通りになる。
 
 「ん、まあ、何かを助けることってそんな簡単にはいかねえだろうし――それは俺も納得してるから」
 
 そう言うと彼は私を抱えて、まだ時が止まったままのホームの上に飛び乗った。そっと私を下ろすと彼はカッターシャツの襟を正した。どこの高校の制服かはわからない。
 
 「そういや、俺名前言ってなかったな。俺、明石 日向。君は?」
 「佐倉……佐倉、ちえり」
 
 私が名乗り終えると、何事も無かったかのように快速電車が通過した。止まっていた人混みが再び動き始めた。
 
 「ああ、そうだ、俺今から行かなきゃいけない所あってさ。ちえりについてきてほしいんだ」
 「え、あ……」
 
 さらっと下の名前で呼びかけられてくすぐったい気持ちになる。ちえり、だなんて呼ばれたの幼稚園ぶりだ。こういう垣根を気にしない人なんだろう。
 
 「あ、明石、くん……その、学校……とか」
 「あー。大丈夫大丈夫、その辺はどうにかなるから。あと、日向でいいよ。呼びづれえし」
 
 呼び捨てに出来るような友達なんてほとんど出来たことがなかった私に、その提案は難しかった。しかし、くしゃっとした笑顔を向けられると顔がひきつる。
 
 「あー……ひ、日向……くん」
 「ん、まあいいよいいよ。俺ってわかれば。よし、行くか」
 「ぃ、あ、はい」
 
 日向くんは何のためらいもなく私の手首を持つと、改札の方へと進んだ。強引、というよりは距離感覚が妙に近すぎるタイプなんだろうか。周りの目線がきつい気がして、私は顔を伏せながら日向くんに追従した。
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