死に損ないはヒーローのとなり
指を組むと、先生は優しく微笑んだ。額にかかっている茶色のくせ毛が揺れる。
「僕は藤本 博明。色々あって、日向君みたいなヒーローさんたちのサポートと、内科の医者を兼業していてね」
「あ……ずっと気になってたんですけど、ヒーローって、どういう……」
おずおずと質問をすると、先生はくすくすと笑った。
「日向君、説明してあげなかったんだね? ヒーローはその名の通り、ヒーローだよ。この世界を守っている」
答えになっていないでしょう、と先生は続けてから、薄いティーカップに口をつけた。
「この世界は、一層の壁を隔てて、別の似たような世界と重なっている。SFで言う平行世界だね。簡単に言うと、今僕らの暮らしている世界が、平行世界に干渉を受けているようなんだ」
つまらなさそうにティースプーンで紅茶を掻き回している日向くんをよそに、先生は続ける。
「今朝は、びっくりしたでしょう。あの時が止まったかのような空間が、平行世界とこの世界を隔てる壁――ベータレイヤーなんだ。基本的に、平行世界からの干渉はあのベータレイヤーを介して行われる」
つまり、今朝見たカマキリは、平行世界からの干渉の道具であるということだろうか。しかし、日向くんはベータレイヤーの中でカマキリをぶつけて線路を曲げたりしていたけれど、この世界には影響が無さそうだった。
「あの、影……みたいなの、日向くんが倒さなかったら、どうなってたんですか……?」
「結論から言うと、あの駅で何らかの事故なり災害なり……事件が起こってたくさんの人が亡くなることになっただろうね。ベータレイヤーの中で、止まった状態のまま攻撃されると、この世界――アルファレイヤーでは最も違和感の少ない死に方をするんだ」
しかし、カマキリは止まっていた人混みよりも、私を攻撃することを優先していた。ということは、たくさんの人を殺すよりも、私の命を奪う方が何らかの利益があるということなのだろうか。ベータレイヤーで動いていた人間は私と日向くんだけだ。私は日向くんのように『ヒーロー』になりうる存在、ということなのだろうか?
「わ、私が……狙われたのって、私も、その、日向くんみたいに、ヒーローになりうる……から、ですか?」
鋭いね、と先生は大きく頷いた。
「でも君はヒーローではなく、イプシロンだ。日向くんを見ていて分かっているとは思うんだけど、ヒーローはそれぞれ固有の能力を持っていてね。所持能力がまだ分からないがベータレイヤーに介入できる存在のことを暫定的にイプシロンと呼んでいるんだ」
いずれ私も日向くんのように戦えるようになるのだろうか?走っていても触手に呑まれそうになったことを思い出して、到底無理そうだと感じる。
「ああ、それに関しては大丈夫だよ。ぼくも一応ヒーローなんだけどね。前線には全く出てないし。能力をみて、何が出来るかをゆっくり考えていけばいいと思うよ」