三坂くんはまちがってる
「ただいま…」
「父さんさ、いつになったら働いてくれるんだよ」
怒りが滲むような兄の声がリビングから聞こえた。
私は息を潜めて靴を脱ぐと、
ゆっくり廊下を進んだ。
「母さんの体もどんどん弱ってきてるし
生活費も俺と栞の収入じゃギリギリなんだよ
もう一年、一年も経ってんだよ父さん」
「すまない。分かってるんだ。ちゃんと仕事も探してる。お前達には苦労かけて申し訳ないとも思ってる」
「いっつもそれだ、いい加減にしてくれよ。
栞もせっかくの高校生活なのにバイトばっかりさせて、あれじゃ友達とも遊べない。友達作る余裕もない。かわいそうなんだよ」
ドアノブに伸ばしていた手を引っ込めた。
友達。
兄の言葉はグサリと私の心に刺さる。
図星だった。私には学校に、友達と呼べるような人が一人としていない。
目立たないように関わらないように、
そう決めて1年間過ごしていたら
誰も私に近付かなかった。当たり前だ。
加えてあの人気者な三坂くんにまで嫌われてる始末。
私に居場所なんかないんだ。教室にはどこにも。
分かってたつもりで、覚悟したつもりで、
そんなのどうってことないって毎日過ごしてた。
そんなふうに過ごせていたのは、
直接的な私への言葉が無かったからなのかもしれない。
『なんつーか、話しかけたいと思わない』
クラスを明るい光で溢れさせる三坂くんの、
聞いたこともないような冷たい声色。
あの言葉。
私は想像以上に、
彼の言葉で傷付いていた。