初恋の花が咲くころ
先ほどの青白い顔をした先輩が、鬼ヶ島から無事帰還した。
そしてまっすぐ、咲の方へ来ると「編集長が呼んでる…」とぼそっと呟いた。
「…え?」
なぜ、と言う質問は命が助かっただけでも奇跡という顔をしている先輩に尋ねることは出来なかった。
「早く行った方がいい」
目立たないようにと、アドバイスをくれた先輩が手で合図した。
「編集長は待たされるのが一番嫌いなんだ」
咲は、重たい腰を上げる。
後ろの方で「戻ってくるの早かったな」と言っている会話が聞こえた。「成瀬さんのおかげで免れた…」という声が耳に届いたと同時に、咲はドアの前にたどり着いてしまった。
震える手でドアをノックすると、中から機嫌の悪そうな「入れ」という声が返ってきた。
「失礼します…」
ドアを完全に閉めると、自分が、無謀にもラスボスに立ち向かう戦闘能力ゼロの村人Aの気分がしてならならなかった。
咲は前回同様、目を合わせないよう下を向きながら、デスクの前に立つ。
何について怒られるのだろう…。最近、なにか失態でも犯したかな?
も、もしかして…この前の悪口の件?
でも、もし首になったらあやめが訴えるって言ってくれたし…
私はともかく、あやめだけは、巻き込みたくないよ~
頭の中で色々考え過ぎていたために、鬼の桐生が何を言っているのか聞き取れなかった。
「おい、聞いてるのか?」
「え、すみません!」
「お前、いい度胸してるな」
腕を組み、鋭い眼光を放つ編集長。
「すみません…!あの、もう一度おっしゃって頂けますか…?」
おそるおそる口を開く。
桐生は大きくため息を吐いたあと、言った。
「お前、月島あやめとは親しいのか?」
どんな言葉が飛び出すのかと、覚悟していたが、予想をかなり上回ったものが来た。
「え?」
「お前、また言わせるのか?」
鬼の形相で桐生が睨む。
「すすすすみません!あああの…。はい、仲良しです!中学生の頃からの付き合いです!」
自分でも良く分からないが、とりあえず頭を下げて謝りながら答える。
「そうか。彼女は、その、今付き合っている人とか、いるのか?」
「…は?」
今、思いっきり失礼な反応をしたなと、自分でも思う。それでも口から出さずにはいられなかった。
何を言っているの、この人は。
「だから、その、彼氏は、いるのか?」
恥ずかしそうに聞いてくる目の前の男性を見て、気持ちがスーッと冷めていくのが分かった。
先ほどの、恐怖心はいつの間にやらどこかへ行ってしまった。
というか、この状況は中学生の頃から嫌というほど体験している。
「あの、それは本人に聞いた方がいいと思いますが」
しかし、目の前の未だ威圧感のある上司に適当な扱いも出来ず、咲は一度深呼吸をしてからまた口を開いた。
「あやめが好きなら…」
「お前、ハッキリ言うな!」
咲の視線から逃げるように、桐生は、別の方向を見ながら腕を組む。
咲は、ふと、今まであやめが編集長について愚痴っていたことを思い出す。
「もしかして…」
「あ?なんだ?」
「あやめと接点を作りたいから、わざわざ残業を与えたり、呼び出したりしていたんですか?」
鬼の桐生の弱点を、見つけた気がした。
「そ、そんな訳ないだろう!」
図星か…
なんだか、鬼が人間になったところを目撃してしまったような複雑な気分だ。
途端に好きな子にどう接していか分からない、この成人男性が可哀想な気もしてきた。
「あの、あやめはそういう遠まわしなことされても気がつきませんよ。パワハラで訴えるとか言っていますから」
「え、そうなの!?」
「もっと違うアプローチでアタックしてみて下さい。それでは、失礼します」
咲は、さっと踵を返した。
仕事のことで怒られるかと恐怖だったのに、なんだ、ただの恋バナだったのね…。
ドアノブに手をかけてから、あやめの訴える発言で完全に戦闘能力を失ったラスボスに、最後に声をかける。
「あやめは今、彼氏いません。失礼しました」
部屋を出ると、勇者の帰還とでもいうように優しくなった先輩方に迎えいれられた。
しかし、鬼からの呼び出しはこの日だけでは終わらなかった。
そしてまっすぐ、咲の方へ来ると「編集長が呼んでる…」とぼそっと呟いた。
「…え?」
なぜ、と言う質問は命が助かっただけでも奇跡という顔をしている先輩に尋ねることは出来なかった。
「早く行った方がいい」
目立たないようにと、アドバイスをくれた先輩が手で合図した。
「編集長は待たされるのが一番嫌いなんだ」
咲は、重たい腰を上げる。
後ろの方で「戻ってくるの早かったな」と言っている会話が聞こえた。「成瀬さんのおかげで免れた…」という声が耳に届いたと同時に、咲はドアの前にたどり着いてしまった。
震える手でドアをノックすると、中から機嫌の悪そうな「入れ」という声が返ってきた。
「失礼します…」
ドアを完全に閉めると、自分が、無謀にもラスボスに立ち向かう戦闘能力ゼロの村人Aの気分がしてならならなかった。
咲は前回同様、目を合わせないよう下を向きながら、デスクの前に立つ。
何について怒られるのだろう…。最近、なにか失態でも犯したかな?
も、もしかして…この前の悪口の件?
でも、もし首になったらあやめが訴えるって言ってくれたし…
私はともかく、あやめだけは、巻き込みたくないよ~
頭の中で色々考え過ぎていたために、鬼の桐生が何を言っているのか聞き取れなかった。
「おい、聞いてるのか?」
「え、すみません!」
「お前、いい度胸してるな」
腕を組み、鋭い眼光を放つ編集長。
「すみません…!あの、もう一度おっしゃって頂けますか…?」
おそるおそる口を開く。
桐生は大きくため息を吐いたあと、言った。
「お前、月島あやめとは親しいのか?」
どんな言葉が飛び出すのかと、覚悟していたが、予想をかなり上回ったものが来た。
「え?」
「お前、また言わせるのか?」
鬼の形相で桐生が睨む。
「すすすすみません!あああの…。はい、仲良しです!中学生の頃からの付き合いです!」
自分でも良く分からないが、とりあえず頭を下げて謝りながら答える。
「そうか。彼女は、その、今付き合っている人とか、いるのか?」
「…は?」
今、思いっきり失礼な反応をしたなと、自分でも思う。それでも口から出さずにはいられなかった。
何を言っているの、この人は。
「だから、その、彼氏は、いるのか?」
恥ずかしそうに聞いてくる目の前の男性を見て、気持ちがスーッと冷めていくのが分かった。
先ほどの、恐怖心はいつの間にやらどこかへ行ってしまった。
というか、この状況は中学生の頃から嫌というほど体験している。
「あの、それは本人に聞いた方がいいと思いますが」
しかし、目の前の未だ威圧感のある上司に適当な扱いも出来ず、咲は一度深呼吸をしてからまた口を開いた。
「あやめが好きなら…」
「お前、ハッキリ言うな!」
咲の視線から逃げるように、桐生は、別の方向を見ながら腕を組む。
咲は、ふと、今まであやめが編集長について愚痴っていたことを思い出す。
「もしかして…」
「あ?なんだ?」
「あやめと接点を作りたいから、わざわざ残業を与えたり、呼び出したりしていたんですか?」
鬼の桐生の弱点を、見つけた気がした。
「そ、そんな訳ないだろう!」
図星か…
なんだか、鬼が人間になったところを目撃してしまったような複雑な気分だ。
途端に好きな子にどう接していか分からない、この成人男性が可哀想な気もしてきた。
「あの、あやめはそういう遠まわしなことされても気がつきませんよ。パワハラで訴えるとか言っていますから」
「え、そうなの!?」
「もっと違うアプローチでアタックしてみて下さい。それでは、失礼します」
咲は、さっと踵を返した。
仕事のことで怒られるかと恐怖だったのに、なんだ、ただの恋バナだったのね…。
ドアノブに手をかけてから、あやめの訴える発言で完全に戦闘能力を失ったラスボスに、最後に声をかける。
「あやめは今、彼氏いません。失礼しました」
部屋を出ると、勇者の帰還とでもいうように優しくなった先輩方に迎えいれられた。
しかし、鬼からの呼び出しはこの日だけでは終わらなかった。