初恋の花が咲くころ
毎月最後の週の金曜日は、幼なじみであり親友のあやめと、焼肉&パジャマパーティーをするのが二人の中での決まり事になっていた。
腕まくりをして、焼き始めたあやめをよそに、咲は先ほどポストに入っていたいくつかの封筒を開けていた。
「面接結果…成瀬咲さん、厳密な選考の結果、不合格…。はい、次」
次々に開けて行くが、咲の期待しているような手紙は一つもない。
「はぁ…」
全て開封し終わったあと、咲はうなだれた。
「今回も全滅…」
大学卒業してから入った会社には、1年と持たずにリストラ宣告され、すでに2年が経っていた。
カフェでアルバイトをし、生計を立てながら、就活する日々が続いている。
「不況かぁ…」
ソファーに背中を預け、天井を見つめながら、咲は呟いた。

そろそろ田舎の両親の忍耐も限界になりそうだ。わざわざ高い学費を払って、美術系の大学に入ってデザインを学んだのに、中々その能力を生かした仕事が出来ずにいる。仕事先が決まったか、と催促の電話がくる度に、仕事の話だけでなく「こっちに戻って来なさい」や「結婚はどうなの?」と別の話題にまで飛び火する。
田舎の結婚は早い。そのため「私はまだ24だよ?」という言い訳は通用しなかった。
「はぁ、来週辺り電話来そう…」
「あの、オッサン!」
さっきまで黙々と好物の肉を焼いては食べていたあやめが突然大声を出し、咲は我に返った。
「今夜も、私に残業を押し付ける気だった!」
ダンと大きな音を立て、今しがた一気飲みした缶ビールをテーブルに置いた。
ちょっと目を離したすきに、出来上がった状態のあやめを見て、咲はため息を吐いた。
「これまた、ハイスピードだね…大丈夫?」
「でもね、今日はだーいすきな咲との大事な日だから、きっぱり、ハッキリ断ってやった」
人の話は耳に入っていないようだ。
時間を見ると、22時過ぎ。焼肉・パジャマパーティーが始まってから、まだそんなに時間も経っていないというのに、買ってきたビール缶の7本目を開けながら、あやめは呟いた。
「仕事やだ。咲がいればいいのに…」
それからまたもやビールを一気飲みし、焼きあがったお肉をぽいぽいと口に放り込んでいく。
体型からは想像もつかない程食べて、飲むこの友人は、胃袋が宇宙空間なのではないかと疑いたくなってくる。次々に消えて行くお肉と、あやめを見比べながら咲は言った。
「でも、とても有名な会社なんでしょ?Divineって雑誌、本屋に行くと必ずあるよね」
「まあ、会社自体はね。超大手だし、待遇も悪くない。新しい編集長の、あのオッサンが来るまでは、仕事も楽だったし」
結構な酔いが回っているはずなのに、肉を焼く速度は変わらず、尚且つ焼き加減は完璧。
咲は半ば感心しながら、良い肉が全てなくなる前に自分のお皿に確保していく。
「なのにさ…アイツが来てからはさ、どんどん人は辞めてさ、その分仕事は増えるしさ、でも家からは近いからさ…辞めたくないっていうか、また一からの就活は大変だし…」
うなだれて頭を揺らしているあやめを見ると、このまま自由にアルバイトをしている方が、自分も幸せなのかと思ってしまう。超有名企業で働いていて、正社員なのに、こんなにもストレスが多いなんて。目の前の友人を羨ましいと思ったことは、数えきれないほどあるけど、この何とも言い難いみじめな格好の美人OLの姿は、見るに堪えないものがあった。
「元気出して…」
それしか言えないと、咲が口を開いた瞬間、突然あやめが「あ!」と声をあげた。
「な、なに?」
酔いの回った半眼の目で、あやめは咲に詰め寄った。
「私の部署、今人手が足りなくて正社員募集中なの」
「はぁ…」
「パソコンは?パソコン!!」
大声を出しながら部屋の中を見渡すあやめに逆らえずに、ノートPCを机の上から持って来て電源を入れる。
「貸して」
あやめは無理やりPCを取り上げ、咲の就活サイトへとログインする。相変わらず受信BOXは空、そして最新のデザイン系の仕事も求人なし。落ち込んでいる咲には目もくれず、検索エンジンに自分の会社名「DeerHorn」と入力すると、あやめの言葉通り「雑誌編集者、正社員募集」の文字が出てきた。
「ほら、見っけ」
嬉しそうに言ったと思ったら、「えいっ」と応募するボタンを押した。
一瞬何が起きたのか分からず、画面上に出ている「応募が完了しました。担当者からの連絡をお待ちください」という文字を見つめる。
「これで、一緒に働けるね」
語尾にハートマークを付けて、幸せそうに言うあやめに、咲は今日一の声で「ふざけんなー!」と叫んだ。
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