初恋の花が咲くころ
あやめの言う通り、最高潮に忙しい一週間がやって来た。
この時期は、先輩方も人のタスクなど考えている暇などないせいか、咲が手伝えることはほとんどなかった。疲れ果てている先輩方の為に、コーヒーを入れたり、徹夜してオフィスに泊まっている社員に夜食を買って来たりするくらいしか出来ず、自分の不甲斐なさを感じずにはいられなかった。
向田さんに関しては、オフィスにいることが少なく、印刷所との掛け合いにいつも駆り出されていた。そして編集長の肩書を持っている普段は不真面目な桐生でさえも、どこか余裕がないように見えた。今回ばかりは「月島」の「つ」の字も、咲との会話の中には出てこなかった。
ランチ休憩の最中に買ってきた近くのドーナツ屋さんの袋を編集長のデスクの上に置く。
「はぁ…」
自分が出来ることがなさすぎて、咲は自分のデスクに突っ伏した。その時、咲のスマホが震えた。着信相手は、向田さんだ。
―「もしもし?今、時間ある?」―
「はい!あります!」
自分も何かしたいと思っていた咲は勢いよく椅子から立ち上がった。
―「編集長のデスクの上にある茶封筒、分かるかな?」―
「はい、あります」
―「それ、今から持って来てもらえるかな?印刷所の住所を送るから」―
「分かりました!」
咲は仕事がもらえた嬉しさで、駆け足で指定された印刷所へと向かった。
その頃、デザイン部から戻って来たばかりの桐生は、デスクの上のドーナツの袋に気がついた。その袋には〈お疲れ様です。甘いもの補給して下さい〉と書かれたメモが貼ってあり、思わず顔がほころぶ。
自分が忘れ物を取りに来たことを思い出して、慌ててお目当てのものを探すがなぜか見当たらない。
編集長室から慌てて出ると、近くにいた目の下のくまが目立つスタッフに向かって声をかける。
「おい、原稿知らないか?」
その社員は、突然編集長に話かけられ、飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。
「さ、先ほど、成瀬さんが封筒持って出て行きました…」
桐生は、チッと舌うちをすると、ポケットからスマホを出して電話をかけるが、咲は出ない。
自分が舌打ちされたわけでもないのに、顔がさらに青くなる社員。
「あ、あの…たぶん向田さんに呼ばれて印刷所に…行ったんだと思います」
腕時計を一度ちらりと見てから、桐生は「まだ間に合うな。ありがとう」と言い、駆け足でオフィスを出て行った。
その場にいた社員全員の手が止まった。
「今…」
「…ありがとうって言った?」
「俺もそう聞こえた…」
「社員扱いしない編集長が…」
「お礼、…言ったのか?」
まるで、真夏に雪が降ったとでもいうようにオフィス内は信じられないという空気で包まれていた。
この時期は、先輩方も人のタスクなど考えている暇などないせいか、咲が手伝えることはほとんどなかった。疲れ果てている先輩方の為に、コーヒーを入れたり、徹夜してオフィスに泊まっている社員に夜食を買って来たりするくらいしか出来ず、自分の不甲斐なさを感じずにはいられなかった。
向田さんに関しては、オフィスにいることが少なく、印刷所との掛け合いにいつも駆り出されていた。そして編集長の肩書を持っている普段は不真面目な桐生でさえも、どこか余裕がないように見えた。今回ばかりは「月島」の「つ」の字も、咲との会話の中には出てこなかった。
ランチ休憩の最中に買ってきた近くのドーナツ屋さんの袋を編集長のデスクの上に置く。
「はぁ…」
自分が出来ることがなさすぎて、咲は自分のデスクに突っ伏した。その時、咲のスマホが震えた。着信相手は、向田さんだ。
―「もしもし?今、時間ある?」―
「はい!あります!」
自分も何かしたいと思っていた咲は勢いよく椅子から立ち上がった。
―「編集長のデスクの上にある茶封筒、分かるかな?」―
「はい、あります」
―「それ、今から持って来てもらえるかな?印刷所の住所を送るから」―
「分かりました!」
咲は仕事がもらえた嬉しさで、駆け足で指定された印刷所へと向かった。
その頃、デザイン部から戻って来たばかりの桐生は、デスクの上のドーナツの袋に気がついた。その袋には〈お疲れ様です。甘いもの補給して下さい〉と書かれたメモが貼ってあり、思わず顔がほころぶ。
自分が忘れ物を取りに来たことを思い出して、慌ててお目当てのものを探すがなぜか見当たらない。
編集長室から慌てて出ると、近くにいた目の下のくまが目立つスタッフに向かって声をかける。
「おい、原稿知らないか?」
その社員は、突然編集長に話かけられ、飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。
「さ、先ほど、成瀬さんが封筒持って出て行きました…」
桐生は、チッと舌うちをすると、ポケットからスマホを出して電話をかけるが、咲は出ない。
自分が舌打ちされたわけでもないのに、顔がさらに青くなる社員。
「あ、あの…たぶん向田さんに呼ばれて印刷所に…行ったんだと思います」
腕時計を一度ちらりと見てから、桐生は「まだ間に合うな。ありがとう」と言い、駆け足でオフィスを出て行った。
その場にいた社員全員の手が止まった。
「今…」
「…ありがとうって言った?」
「俺もそう聞こえた…」
「社員扱いしない編集長が…」
「お礼、…言ったのか?」
まるで、真夏に雪が降ったとでもいうようにオフィス内は信じられないという空気で包まれていた。