初恋の花が咲くころ
「なぜか最近、編集長の一言一句に心臓が反応するんだよね…」
その日の夜、まだ月曜だというのに居酒屋の個室であやめと二人で飲み会を開いていた。
「病気かなぁ…」
枝豆を口に入れながら、咲はうなだれた。
「心臓が痛いよー。でも病院は苦手だよー。でも放っておいて重病だったら嫌だし…」
「あのさ」
話を黙って聞いていたあやめが、特大からあげを呑み込んでから言った。
「それ恋じゃない?」
「え?」
口から枝豆が出そうになった。
「だから、恋。咲、編集長のこと好きなんじゃないの?」
「…恋?」
咲は考え込むようにして黙った。
「いや、違うと思う」
真顔で答える咲にあやめは呆れたような顔をした。
「何で言い切れるの」
「だって、恋って言ったら甘酸っぱい感じでしょ?例えて言うなら…ラズベリーとホワイトチョコレートを混ぜたラテみたいな」
「咲の恋のイメージって、少女漫画みたいなの?物陰から見ていて、スポーツ少年に熱い思いを寄せる的な」
「そうそう!部活と青春って感じ!」
あやめのため息が一段と大きくなった。
「ま、それもあるかもしれないけど。でも、恋愛って頭でするものじゃなくない?気持ちが勝手に動いて、自分ではどうしようもないくらい…」
そこで咲は手であやめを制する。
「違う!絶対、私は恋などしてません!」
「なんで言いきれるのよ…」
「好きって感情がどういうものだか分からないし」
あやめの目が鋭く咲を見つめる。
「今の自分の気持ち、ちゃんと聞いてる?」
「本当に、違うから!あ、すみませ~ん!生一つ!」
咲が恋愛の話が苦手なことを知っているあやめは、それ以上言及することはなかった。

ごめんね、あやめ。でも私には、彼を好きになっちゃいけない理由があるんだ。
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