初恋の花が咲くころ
「あの二人、上手くいきそうだよね。このままいけば」
心が痛いのは、この際無視するしかない。
「はー、忘れろ忘れろ!!」
倉庫いっぱいに散らばった段ボールを手袋しながら、片付け始める。
「今なら傷は浅い!!」
自分で自分に言い聞かせる。
「おい、独り言か?」
突然声がして咲は「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。今、一番会いたくない人がそこには立っていた。
「へ、編集長!ここで何やっているんですか…」
「それは俺のセリフだ」
桐生は、足の踏み場もないほどに色々なものが散乱している倉庫に入って来た。
「片付けです。忙しくてしばらく放置されていたみたいなので」
「向田が言ったのか?」
少し桐生の顔が険しくなったので、咲は手をぶんぶんと振った。
「私が頼んだんです。ヒマですから、私がやりますって」
「じゃあ、俺もやるか」
急に腕まくりをした桐生に、今度は首をぶんぶんと振って咲は言った。
「い、いいです!私一人でやります!編集長が手付けたら、さらに散らかりそうですし!」
これは完全に偏見だが、咲の本音が出てしまっていた。
「お前…言ったな?」
桐生はニヤリと笑うと、近くにあった軍手をはめて一緒に物を拾い始めた。
「こう見えても、片付けは得意だ。一人暮らししているしな!」
「一人暮らししているのを自慢されても、困りますが」
真顔で返すが、内心は編集長と二人きりでいられることが嬉しくてたまらなかった。
「お前、それ持てるか?」
「これくらい大丈夫です」
咲は、ペンや紙が大量に入っている箱を持ちあげた。
しかし、その段ボールを棚に乗せようとした瞬間、バランスを崩し棚に直撃。棚の一番上に、乗せてあった別の箱がちょうど咲の上に落下した。
「おい!」
間一髪のところで桐生は咲を別の方向へと押し出し、二人とも、紙の下敷きになることは免れた。
「あぶねー…」
咲の下で桐生が呟いた。上半身で咲をかばうように抱えている。咲の顔はちょうど桐生の胸板のとこにあった。
「…苦しい」
咲がジタバタと暴れ、桐生は自分が咲を抱えていたままであることを思い出した。
「お、悪い」
咲は何も言わず、床に座りこむ。そして肩で息をしながら呟いた。
「びっくりした…」
「ったく、あんな不安定なところに、紙の束を置きやがって」
咲は心臓が破裂しそうなくらい鳴っているのを、服の上からさする。このドキドキは、物が上から落ちて来たことによる驚きであって、決して桐生に抱えられたからではない、と自分に言い聞かせるのに苦労していた。
その間に桐生は、テキパキと散らばった紙類を片付けて行く。片付けは苦手じゃないというのは、嘘ではなかったようだ。ある程度、床が見えるまで終わったあと、椅子に座って休んでいる咲の目の前に、いらない段ボールを持って来て桐生は座った。
「な、なんですか?」
やっと収まった心臓が、また忙しく動き始める。
いつになく真面目な顔をして桐生は言った。
「実は」
「…はい」
「来月にでも、月島をご飯に誘おうと思う」
一瞬にして心臓が止まった気がした。
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