初恋の花が咲くころ
「そういや、咲も話があったんだよね?」
チョコケーキを黙々と食べていた咲は、我に返った。
「あ、そうそう!忘れてた!うちの営業課に…」
咲が口を開こうとした途端、今度はまたガチャガチャと音がして誰かが入ってきた。咲とあやめは驚いてお互い顔を見合わせる。あやめの目が「私、ちゃんと鍵閉めたよ!」と言っていた。
「よぉーっす!地味子!」
軽いノリで入って来たのは、営業課期待のルーキー、真島棗だった。
「棗!」
咲とあやめが同時に反応した。
「お、あやめ姐さんもいたんすか」
棗は、あたかも自分の家のように近くのソファーに腰を下ろした。
「ちょっと何で勝手に人ん家…」
「おばさんから合鍵貰った。何かあったら頼りなさいって」
そう言って、ポケットから鍵をチャラチャラと見せつける。
「お、お母さん…」
真島棗(ましま なつめ)は、いとこだ。棗の両親が二人とも仕事で忙しい分、うちで面倒を見ていたから、一緒に育って来た姉弟のような存在と言っても過言ではない。しかし、はっきり言って棗とはいい思い出はない。物心ついたころから、棗の方が、体が大きかったこともあり、年上の咲をこき使っていた。そして、しまいには「同じ血が流れていると思われたくない」と、いとこと言うのもやめろと言ってくるようになった。彼の横柄な態度に何度愛想をつかしても、自分の両親が自分の子供のように棗を可愛がるので、いつまで経っても棗のパシリから卒業できない。せっかく田舎から出てきたというのに、またここでもベビーシッターは嫌だ…。
「あんた、ここで何してんの?」
昔からあやめにはなぜか頭が上がらない棗は、彼女に対してだけは敬語を使う。
「俺、先月からここの近くの会社で働いてるんすよ。DeerHornってゆう」
「え、うちで働いてるの?」
「あれ、姐さんもすか?」
「私たち、そこの編集部」
「俺は営業っす」
営業部は、編集部の階とは違うから会う頻度は少なそうだね、とあやめが耳打ちする。力なく頷くが、気分は上がらない。
「で、今どこに住んでるの?」
咲が聞くと、棗は「彼女ん家」とあっさり言い、それから「ヒマになったらこっちくるからよろしく」と恐ろしい言葉を吐いた。

そして、その言葉の通り、暇さえあれば咲の家に来ては、わざわざ持って来たゲームをしたり、遊び散らかして、そのまま帰って行くようになった。田舎にいた時の悪夢再びだ。
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