初恋の花が咲くころ
お風呂に入ってすっきりした咲は、着て来た自分の服に着替えようと思ったが脱衣所に置いていたはずの服がない。そしてそれを説明するかのように、洗濯機が動き、その上に男性ものの服が一着置かれていた。
「これを着ろってか…」
髪の毛から水をぽたぽた垂らしながら、先手を打たれた咲は悔しそうに呟いた。尽くされているはずなのに、負けた気がするのはなぜだろう。
それは、お風呂からあがってリビングに向かった時に漂ってきた、美味しそうな匂いがしたときも感じた感情だ。
「ほれ、作ったから。食ってけ」
何、このハイスペック男子。
咲は、黙ったままテーブルに着き、小さな声で「頂きます」と言って食べ始めた。
「なにこれ、うま!!」
始めて味わうフワフワでもちもちのパンケーキ。
「あ、すいません。美味しいです」
我に返り、未だ対面キッチンに立っている桐生に頭を上げる。
「編集長は食べないんですか?」
桐生は自分用にミルクココアを用意し、咲の目の前に座った。
「さっき食べた。成瀬特製おかゆ」
ああ、そういや作ったわ。
もはや遠い過去のことのように感じる。
「美味かったよ」
「それは、良かったです」
心の中で小さくガッツポーズをした。
「あの…」
しばらくの気まずい沈黙のあと、咲は聞きたかった質問を口にした。
「なんで、私呼んだんですか?…あやめじゃなくて」
絶対あやめを呼んだ方が、二人の仲が深まるのに…。
少しは私にも特別な感情があるのかな…。
そんなことを考えていると、桐生はさらりと言った。
「だって、見られたくないじゃん。こんな弱ってるカッコ悪いところ」
「はい?」
「部屋着も、お前になら見られても問題ないし。月島の前では常にカッコよくいたいから」
はっきりと胸張って言う桐生に、咲は尊敬の念とぶっ飛ばしたい邪念をそっと心の底へ押し込めた。
つまり、こういうこと?私は、全く意識されてないってこと?
「ああ、頭が痛くなって来た…」
咲は、頭を抱えた。
「おい、風邪か?もう移ったのか、早いな」
「ちょっと黙ってて下さい」
< 36 / 49 >

この作品をシェア

pagetop