初恋の花が咲くころ
その日の午後、自分の雑務が終了したあと、デザイン部へ内線を入れた。咲がデザイン部の異動を有り難く受けさせてくださいと伝えると、声からして嬉しそうなレイさんが「直々に話しがしたいから、桐生くんと来てくれる?」と言ってきた。
「編集長、レイさんが私たち二人にお話しがあるから、オフィスまで来てくださいと」
電話を切ってから、なぜか咲の会話を不満そうに聞いていた桐生に伝える。桐生は、短く「行くぞ」と言ってすぐさま席を立った。咲も慌てて後に続く。
「なんかあったんですか?」
エレベーターホールで待っている間、先ほどから黙っている桐生に咲はおそるおそる話しかける。
「なんか朝から機嫌悪いですよね」
桐生は黙ってエレベーターを見つめている。そして静かに口を開いた。
「今日の夜…」
「え?」
その時、二人から二つ離れたところのエレベーターが到着し、明るい髪の毛が一段と楽し気な棗が降りて来た。元々の茶髪に加え、さらにワックスをつけて遊ばせている。
「棗!」
「お、咲だ」
すぐさま咲が反応し、いったん桐生をちらりと見た後、棗に駆け寄る。それから、小声で注意した。
「ちょっと何その頭!あなた新入社員でしょ!」
桐生に気づいた棗は、一瞬焦った表情をしたが、すぐに真顔に戻り、咲にしか聞こえない声で囁き返した。
「うるせー。一応許されてるの、俺の部では」
棗は、咲の腕を振り払うと、長い脚で颯爽と歩き桐生の前で立ち止まってお辞儀をした。予測不可能の棗に対する怒りと、編集長がこの新人になんと思うか分からない恐怖とで、咲はその場から動けずにいた。
「営業部の真島棗です。部長に頼まれて、書類を届けに来ました」
その髪さえ黒ければ、好印象なのに!と咲は思わずにはいられなかった。
お願いだから、これ以上編集長の機嫌を損ねないでー!
「副編集長に渡して」
桐生はそっけなく言い、未だドアが開いたままになっているエレベーターへと一人乗り込んだ。
咲も置いて行かれないように、慌ててそれに乗り込む。その時に、棗に向かって手で「堕ちろ」とジェスチャーするのだけは忘れなかった。
エレベーター内で桐生が口を開いた。
「どんな関係なの?あいつと」
「えっ、棗ですか?」
急に質問されて、咲は慌てた。
「棗は私の…」
そこまで言って、ハッとする。昔から、棗には「人に従姉って言うな」と脅されていたことを思い出す。ここで、編集長に言ったことがバレたら、今後どんな嫌がらせを受けるか分からない。
「え、えーっと…、友達です」
「ふうん。仲いいんだ」
さっきのどこで仲が良いと判断したのか、咲は理解に苦しんだが、編集長の機嫌がさらに悪くなったのは完全に棗の髪型のせいだと信じて疑わなかった。
「編集長、レイさんが私たち二人にお話しがあるから、オフィスまで来てくださいと」
電話を切ってから、なぜか咲の会話を不満そうに聞いていた桐生に伝える。桐生は、短く「行くぞ」と言ってすぐさま席を立った。咲も慌てて後に続く。
「なんかあったんですか?」
エレベーターホールで待っている間、先ほどから黙っている桐生に咲はおそるおそる話しかける。
「なんか朝から機嫌悪いですよね」
桐生は黙ってエレベーターを見つめている。そして静かに口を開いた。
「今日の夜…」
「え?」
その時、二人から二つ離れたところのエレベーターが到着し、明るい髪の毛が一段と楽し気な棗が降りて来た。元々の茶髪に加え、さらにワックスをつけて遊ばせている。
「棗!」
「お、咲だ」
すぐさま咲が反応し、いったん桐生をちらりと見た後、棗に駆け寄る。それから、小声で注意した。
「ちょっと何その頭!あなた新入社員でしょ!」
桐生に気づいた棗は、一瞬焦った表情をしたが、すぐに真顔に戻り、咲にしか聞こえない声で囁き返した。
「うるせー。一応許されてるの、俺の部では」
棗は、咲の腕を振り払うと、長い脚で颯爽と歩き桐生の前で立ち止まってお辞儀をした。予測不可能の棗に対する怒りと、編集長がこの新人になんと思うか分からない恐怖とで、咲はその場から動けずにいた。
「営業部の真島棗です。部長に頼まれて、書類を届けに来ました」
その髪さえ黒ければ、好印象なのに!と咲は思わずにはいられなかった。
お願いだから、これ以上編集長の機嫌を損ねないでー!
「副編集長に渡して」
桐生はそっけなく言い、未だドアが開いたままになっているエレベーターへと一人乗り込んだ。
咲も置いて行かれないように、慌ててそれに乗り込む。その時に、棗に向かって手で「堕ちろ」とジェスチャーするのだけは忘れなかった。
エレベーター内で桐生が口を開いた。
「どんな関係なの?あいつと」
「えっ、棗ですか?」
急に質問されて、咲は慌てた。
「棗は私の…」
そこまで言って、ハッとする。昔から、棗には「人に従姉って言うな」と脅されていたことを思い出す。ここで、編集長に言ったことがバレたら、今後どんな嫌がらせを受けるか分からない。
「え、えーっと…、友達です」
「ふうん。仲いいんだ」
さっきのどこで仲が良いと判断したのか、咲は理解に苦しんだが、編集長の機嫌がさらに悪くなったのは完全に棗の髪型のせいだと信じて疑わなかった。