初恋の花が咲くころ
最初の大失態
3週間後、咲は首が痛くなるほど高くそびえ立ったオフィスビルの前で立ち尽くしていた。
「き、緊張する…」
今すぐ回れ右をして帰りたい衝動に駆られる。オシャレOLやぴしっとスーツを着こなしたサラリーマンが、どんどん同じビルに入って行く。2年も普通の企業勤務から離れていたため、どうしていいか分からず、今すぐ働きなれた自宅近くのカフェに戻りたいと思ってしまう。
「いや、でも夢に一歩近づくには…」
咲は、意を決して、オフィスビルへと入って行った。
営業スマイルが、自分のものとは比べものにならないほど神々しいカウンターのお姉さんたちに教えられた通り、エレベーターで15階へと上がる。上半分がガラスで出来たエレベーターから、地上がどんどん離れて行くさまを眺めていると、自分がとんでもなく場違いな世界に迷い込んでしまったのではないかと、不安に駆られた。
Divineと黒文字で書かれた自動ドアを見つけるのは、難しくはなかった。右左と周りを確認してから、オシャレ感が半端ないオフィスへと足を踏み入れる。一番初めに目に飛び込んで来たのは、オフィスの中心にある巨大な木だった。その木を取り囲むように、社員のデスクが並べられている。どこからか水が流れる音も聞こえてくるせいか、自分がまるで自然の中にいるような感覚を覚えた。
「ここ、本当にオフィスなの…?」
人工芝のじゅうたんの上を歩きながら、咲は辺りを見渡した。自分が想像していたオフィスとは格段に異なりすぎている。
天井にはおもちゃの鳥が飛び、ふと目をやった先の壁には、一面に歴代の雑誌がずらりと並んでいた。大きな文字でDivineと書かれた雑誌を一つ一つ観察していると、急に後ろが騒がしくなってきた。おそらくどこかでミーティングが行われていて、終わった人たちが出てきたのだろう。雑誌棚の隣で、咲は凍り付いた。
「新入社員ですか?」
大きな丸メガネが目立つ、痩せこけた40代位の気弱そうな男性が咲に気づいた。
「は、はい!今日からこちらに…」
咲が言い終わる前に、男性は続々と集まってきたスタッフに向かって言った。
「新人さんが来たので、集まって下さい」
一気に集まるかと思えば、皆、やる気のなさそうに渋々咲を取り囲んだ。新人なんてどうでもいいから、仕事をさせて下さいよ、と皆の目が物語っている。その社員たちの後方に、あやめを見つけた。誰よりも目を輝かせて、嬉しそうにウィンクまでしている。
「はい、じゃあ軽く自己紹介を」
丸メガネの男性は、落ち着かなさそうにネクタイをいじりながら言った。
「えっと、初めまして、成瀬咲です。今日からよろしくお願いします」
だるそうな、めんどくさそうな拍手がパラパラと響く。元気よく叩いているのはあやめくらいだ。
しかし、この微妙な空気から、早く逃げ出したいと思ったのは咲だけではなかったようだ。
メガネの男性はすぐさま「じゃ、みんな仕事に戻って」と指示を出す。
「僕は、ここの副編集長をしている向田(むかいだ)です。何か分からないことがあれば、いつでも聞いて下さい」
咲のデスクに案内しながら、向田は言った。
「えっと、成瀬さん。ライターの経験は?」
「ないです」
はっきり答える咲に、戸惑いを隠せない向田を、咲は同情のまなざしで見つめる。
そう。そうなんです。私もなぜ雇われたのか、分からない一人なんです。
「じゃあ、今日は、僕たちの仕事がどういうものなのか、ファイルにまとめたものがあるから、とりあえずそれを読んでいて下さい」
「はい」
そうして、咲の記念すべき第一日目が始まった。
「き、緊張する…」
今すぐ回れ右をして帰りたい衝動に駆られる。オシャレOLやぴしっとスーツを着こなしたサラリーマンが、どんどん同じビルに入って行く。2年も普通の企業勤務から離れていたため、どうしていいか分からず、今すぐ働きなれた自宅近くのカフェに戻りたいと思ってしまう。
「いや、でも夢に一歩近づくには…」
咲は、意を決して、オフィスビルへと入って行った。
営業スマイルが、自分のものとは比べものにならないほど神々しいカウンターのお姉さんたちに教えられた通り、エレベーターで15階へと上がる。上半分がガラスで出来たエレベーターから、地上がどんどん離れて行くさまを眺めていると、自分がとんでもなく場違いな世界に迷い込んでしまったのではないかと、不安に駆られた。
Divineと黒文字で書かれた自動ドアを見つけるのは、難しくはなかった。右左と周りを確認してから、オシャレ感が半端ないオフィスへと足を踏み入れる。一番初めに目に飛び込んで来たのは、オフィスの中心にある巨大な木だった。その木を取り囲むように、社員のデスクが並べられている。どこからか水が流れる音も聞こえてくるせいか、自分がまるで自然の中にいるような感覚を覚えた。
「ここ、本当にオフィスなの…?」
人工芝のじゅうたんの上を歩きながら、咲は辺りを見渡した。自分が想像していたオフィスとは格段に異なりすぎている。
天井にはおもちゃの鳥が飛び、ふと目をやった先の壁には、一面に歴代の雑誌がずらりと並んでいた。大きな文字でDivineと書かれた雑誌を一つ一つ観察していると、急に後ろが騒がしくなってきた。おそらくどこかでミーティングが行われていて、終わった人たちが出てきたのだろう。雑誌棚の隣で、咲は凍り付いた。
「新入社員ですか?」
大きな丸メガネが目立つ、痩せこけた40代位の気弱そうな男性が咲に気づいた。
「は、はい!今日からこちらに…」
咲が言い終わる前に、男性は続々と集まってきたスタッフに向かって言った。
「新人さんが来たので、集まって下さい」
一気に集まるかと思えば、皆、やる気のなさそうに渋々咲を取り囲んだ。新人なんてどうでもいいから、仕事をさせて下さいよ、と皆の目が物語っている。その社員たちの後方に、あやめを見つけた。誰よりも目を輝かせて、嬉しそうにウィンクまでしている。
「はい、じゃあ軽く自己紹介を」
丸メガネの男性は、落ち着かなさそうにネクタイをいじりながら言った。
「えっと、初めまして、成瀬咲です。今日からよろしくお願いします」
だるそうな、めんどくさそうな拍手がパラパラと響く。元気よく叩いているのはあやめくらいだ。
しかし、この微妙な空気から、早く逃げ出したいと思ったのは咲だけではなかったようだ。
メガネの男性はすぐさま「じゃ、みんな仕事に戻って」と指示を出す。
「僕は、ここの副編集長をしている向田(むかいだ)です。何か分からないことがあれば、いつでも聞いて下さい」
咲のデスクに案内しながら、向田は言った。
「えっと、成瀬さん。ライターの経験は?」
「ないです」
はっきり答える咲に、戸惑いを隠せない向田を、咲は同情のまなざしで見つめる。
そう。そうなんです。私もなぜ雇われたのか、分からない一人なんです。
「じゃあ、今日は、僕たちの仕事がどういうものなのか、ファイルにまとめたものがあるから、とりあえずそれを読んでいて下さい」
「はい」
そうして、咲の記念すべき第一日目が始まった。