初恋の花が咲くころ
デザイン部へ異動の日が来た。
少ししか入っていない段ボールを抱え、しばらくの間お世話になった編集部にお礼を言う。先輩社員たちは「頑張れよ」と言って励ましてくれたし、向田さんは「いつでも遊びに来てください」と言ってくれた。
あやめに関しては今にも泣きそうだったので「ランチで会おう」と直近の約束をした。
デザイン部の仕事は、想像していたより忙しかったが、その分やりがいもあった。知っている分野だったからこそ、さらに知りたいという欲求もあり、先輩社員に頼んでは勉強出来る方法を学んでいた。
特に忙しい時期でもなかったが、咲は遅くまで会社に残って仕事をしていた。やらなければいけない仕事もあるが、覚えなければならないことが沢山残っていた。
家に帰ると、多くの頻度で棗が待っており、食事を作れとか、ゲームの対戦相手としろとか、アイス買って来いとうるさいので、帰る時間を遅らせる日々が続いた。
宣伝部にいる彼女が忙しくて構ってくれないと、つきまとってくる棗のせいで、最近悪夢を見る。
この日も例外ではなかった。
残業中にうとうとしていた咲は、眠りたいと言っているのに「起きろ、ばか。俺の夕飯はどうした」と横柄な態度のキング棗が追いかけてくる夢を見ていた。
「もう、いい加減、自分でしてよ、棗!」と叫んだところで、咲ははっと目を覚ました。
今、普通に声を出した気がする…。
急に恥ずかしくなり、はあとため息をついたところで、誰かが目の前に立っていることに気づいた。
「ぎゃあ!!」
薄暗いオフィスで、目の前に桐生が立っていた。
「い、いつから…」
もしかして、寝言聞かれてた?
桐生は、不機嫌そうな顔をしたまま言った。
「電気が付いていると思って来たら、お前がいた」
咲はそう言われて時計を見ると、もう22時を回っている。道理でお腹が空いているわけだ。
「帰ります…」
あまりの恥ずかしさに目を合わせられずにいると、桐生が聞いた。
「お前、営業部のあいつのこと、どう思ってんの?」
「営業部の…?あ、棗のことですか?」
訳が分からなくて、聞き返す。
「呼び捨てする程の仲だもんな」
なんだか口調がさっきから妙に鼻につく。
「あの、だから、棗とは、昔の友達で…」
咲は、心臓の鼓動が早くなってくるのを感じた。
何に対して怒っているのか分からないが、とにかく棗は私とは関係ないとだけは言いたい。
「編集長が考えているような…」
「いい。聞きたくない」
急に目の前でドアを閉められたような感覚を覚えた。
「へ、編集長…?」
「もう、お前のこと知らない。勝手にしろ」
そう言って桐生は、咲に背中を向ける。
いきなり突き放された。
何が起きたか分からなかった。どうしてこうなったかのかも分からない。
ただ、目の前が突然真っ暗になった気がした。
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