初恋の花が咲くころ
フランス支社にインターンとして来てから、あっという間に数か月が過ぎた。
慣れないフランス語と、人生初の海外生活に追われ、遊ぶ暇がない位忙しい日々を送っていた。勝手が違うため、仕事を覚えるのに時間がかかってしまったが、厳しいが面倒見のいい部長のキャシーと、明るくて楽しい性格の先輩たちのおかげで、咲の生活は日本にいた時より充実していた。
「何より、エッフェル塔が目の前にある事が信じられないよね…」
仕事の休憩時間中に、咲は、シャンゼリゼ通りにあるマカロンのお店まで買い出しに来ていた。ある先輩が誕生日なので、サプライズプレゼントだと、キャシーに頼まれていた。
「そろそろクリスマスシーズンか…」
日本より一足早い、赤・白・緑に彩られた街の飾りつけを見ると、なぜか心がウキウキしてくる。街をはしゃぐ子供たちも、公園を仲良さそうに歩くお年寄りのカップルも、みんな幸せそうで、咲も一緒になって嬉しくなるのだ。

マカロンを持って仕事場に戻ると、すでにパーティーが始まっていた。
『遅いじゃない、サキ!』
先輩たちがパーティー帽をかぶりながら言った。
『すみません。街を歩いていたら遅くなりまして』
『さ、プレゼント。誕生日のウルスラに渡して!』
別の先輩に言われて、咲は、身長が咲とはさほど変わらない若い社員のウルスラに、『はい、どうぞ』とマカロンの箱を渡す。
ウルスラの目が輝いた。
『わー!ここのマカロン、大好きなんです!ありがとうございます』
ウルスラが社員全員に向かって言った。そして、その場で箱を開け、みんな一人一人に自分のプレゼントでもあるマカロンを渡して行く。
『みんなで食べましょう!』
『きゃー!やったー!』
パーティー気分のみんなのテンションが一気に上がる。咲は、その様子を楽しそうに見ていた。
『サキも、どうぞ』
ウルスラが咲の隣に来て言った。
『ありがとう』
小さな可愛らしい薄ピンク色のマカロンを受け取る。
『そのマカロン、初恋、って名前らしいよ』
「初恋…」
その言葉を口に出した瞬間、一気に編集長との思い出がよみがえる。忘れたと思ったのに、吹っ切ったと思っていたのに。彼の顔を思い出すだけで、未だに胸が痛くなるなんて。
『あ、そうだ。部長がから伝言。明日、日本支社から人が来るみたい』
『え!?』

もしかして…と期待したが、実際来たのはレイさんだった。
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