初恋の花が咲くころ
「どう、フランスは慣れた?」
咲は、レイさんと二人で、会社近くのカフェに来ていた。チョコケーキとコーヒーを注文する。
「どうにか…」
とにかくフランス語が難しいです…と、口を濁す咲。レイさんは笑って言った。
「でも、みんなとちゃんとコミュニケーション取れてるじゃない」
「本当に優しい人たちで、良かったです」
咲はギャルソンが持ってきたデザートを「Merci」と言いながら受け取る。
「そっちは、どうですか?お変わりないですか?」
「かなり、変わったわよ~」
コーヒーを一口すすりながら、レイさんは言った。
「色々異動があってね。人がかなり入れ替わったの。あの、営業部の新人、真島くんだっけ?業績が認められて、本社に異動になったわよ。それで、デザイン部にいた一人の子が、営業の宣伝課に異動になって本当大変だったのよ~」
「そうだったんですか…」
棗、仕事頑張ったんだ…。
仕事に対して、ちゃんと真剣に取り組む姿は素直に尊敬する。嫌な奴だけど。
「そう言えば、来月の頭、一度日本に戻って来るのよね?」
テーブルに腕を乗せて、レイさんが聞いた。
「はい。早めのクリスマス休暇を頂いたので」
「ぜひとも会社に寄ってね。みんな喜ぶと思うわ」
そう言われて、突然緊張してきた。みんなの中には、もちろん編集長も含まれている。
初恋味のマカロンを貰ったせいで、いとも簡単にあの頃の気持ちがよみがえってしまった。何か月も経っているのに、昨日のことのように思い出してしまう、「好き」という気持ち。
久しぶりに会いたい、顔が見たい、声が聞きたい。でも、会うのが怖い。
そんな複雑な気持が心の中で交差する。
「あ、でも」
困ったようにレイさんは言葉を付け加えた。
「あなたの元上司は、無理かも」
「…え?」
「桐生君、別の場所に異動になったの」
その瞬間、上がって来た体温が一気に下がった。
「ど、どうしてですか?」
レイさんは曇った表情を浮かべながら、腕を組んだ。
「それが分からないのよ。一体、何があったのかしら…」
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