初恋の花が咲くころ
「一日目、お疲れさま~」
まだ一週間が始まったばかりだというのに、二人は職場近くの居酒屋の個室を借りてビール片手に乾杯していた。
「ありがとう」
詰め込んだ情報量を処理しきれていない頭のこめかみを揉みながら、咲は言った。
「咲が来てくれて本当に良かった~」
ジョッキのビールを一気飲みしてから、あやめは咲を見つめた。
「これで、地獄が天国になる」
「そんなに悪い職場だとは思わなかったけど」
今日だけで判断するのは時期尚早だろうか。編集部の人たちは、他の人たちに興味がなく自分たちの仕事だけを黙々とこなしていたいというタイプの人ばかりだった。
ほったらかしの方が人間関係で悩まなくて済むので、楽だと思うけど。
「それに副編集長も、優しそうだし…」
あえて優しそうという言葉を使ったが、厳しくはなさそうと言う意味だ。
自分の仕事だけでなく、人の仕事の尻拭いもしているのではないかと、今日見ていただけでもそんな役割を買って出ているように感じてしまった。
「向田さんね…。彼は、Divineで働いている最年長なの。だから、そのまま昇格して副編集長になった感じ」
あやめの言葉尻から、能力は認めていないと含まれているのを感じ取った。
「そういや、編集長は?今日いなかったけど」
「今本社にいるみたい」
「なんか、嬉しそうだね」
「そりゃそうでしょ」唐揚げを一つ口に放り込んで続ける。
「なぜか私だけ、オフィスに呼ばれて雑務を押し付けられるし、何かと私の書いたものにケチ付けて書き直すまで家に帰るな、とか言われて。パワハラで訴えようかな」
咲は、豆腐を口に運びながら耳を傾ける。OLによく聞く話だ。
「先週なんかさ、ランチの時にまで話かけてくるんだよ?目の前に座られた時には、一瞬にして食欲が失せたね」
だんだんとまだ会った事もない、おじさんが気の毒に思えて来た。
こんな、見た目も麗しくスタイル抜群の高嶺の花のような女性社員が、腹の内でこんなにも罵倒しているとは夢にも思わないだろう。
「勇気あるけどね…」
「え?なんか言った?あ、すみません~、生2つ」
中学生の頃から同じ学校に通っているあやめのモテ伝説を、咲が知らない訳がない。
男子のほとんどがあやめに話しかけたくて、仲良くしたくて、告白したくて。でもあやめの出すオーラに圧倒されて誰も話しかけられない。そんな状況を傍から見ていて、彼らを気の毒に思ったことが何度あることか。
「そのおじさんも、あやめと話がしたいんじゃないかな~…」
思わずそんな言葉が口から出ていた。
「なんで?」
「ん~と、もっと社員を知りたいとか?交流を深めたいとか?ほら、あやめは昔から一匹オオカミだったから」
私とクラスが同じになることが、奇跡的に一度もなかった為、あやめはクラスでいつも一人ぼっちだった。修学旅行は、他のクラスのメンバーと回っていいというルールがあったので、私たちはずっと一緒にいたが、友達作りが苦手なあやめにとっては、クラスの行事は苦痛でしかたなかった。
今日しか職場の雰囲気を見られていないが、あやめと話す社員は一人もいなかった。かろうじで、副編集長が二言三言、業務的なことを伝えただけだった。
「きっとあやめと仲良くなりたいから話しかけるんだよ」
「それ、キモイ」
まだ見ぬオジサンへの咲なりのフォローは、その言葉で一瞬にして消え去った。
まだ一週間が始まったばかりだというのに、二人は職場近くの居酒屋の個室を借りてビール片手に乾杯していた。
「ありがとう」
詰め込んだ情報量を処理しきれていない頭のこめかみを揉みながら、咲は言った。
「咲が来てくれて本当に良かった~」
ジョッキのビールを一気飲みしてから、あやめは咲を見つめた。
「これで、地獄が天国になる」
「そんなに悪い職場だとは思わなかったけど」
今日だけで判断するのは時期尚早だろうか。編集部の人たちは、他の人たちに興味がなく自分たちの仕事だけを黙々とこなしていたいというタイプの人ばかりだった。
ほったらかしの方が人間関係で悩まなくて済むので、楽だと思うけど。
「それに副編集長も、優しそうだし…」
あえて優しそうという言葉を使ったが、厳しくはなさそうと言う意味だ。
自分の仕事だけでなく、人の仕事の尻拭いもしているのではないかと、今日見ていただけでもそんな役割を買って出ているように感じてしまった。
「向田さんね…。彼は、Divineで働いている最年長なの。だから、そのまま昇格して副編集長になった感じ」
あやめの言葉尻から、能力は認めていないと含まれているのを感じ取った。
「そういや、編集長は?今日いなかったけど」
「今本社にいるみたい」
「なんか、嬉しそうだね」
「そりゃそうでしょ」唐揚げを一つ口に放り込んで続ける。
「なぜか私だけ、オフィスに呼ばれて雑務を押し付けられるし、何かと私の書いたものにケチ付けて書き直すまで家に帰るな、とか言われて。パワハラで訴えようかな」
咲は、豆腐を口に運びながら耳を傾ける。OLによく聞く話だ。
「先週なんかさ、ランチの時にまで話かけてくるんだよ?目の前に座られた時には、一瞬にして食欲が失せたね」
だんだんとまだ会った事もない、おじさんが気の毒に思えて来た。
こんな、見た目も麗しくスタイル抜群の高嶺の花のような女性社員が、腹の内でこんなにも罵倒しているとは夢にも思わないだろう。
「勇気あるけどね…」
「え?なんか言った?あ、すみません~、生2つ」
中学生の頃から同じ学校に通っているあやめのモテ伝説を、咲が知らない訳がない。
男子のほとんどがあやめに話しかけたくて、仲良くしたくて、告白したくて。でもあやめの出すオーラに圧倒されて誰も話しかけられない。そんな状況を傍から見ていて、彼らを気の毒に思ったことが何度あることか。
「そのおじさんも、あやめと話がしたいんじゃないかな~…」
思わずそんな言葉が口から出ていた。
「なんで?」
「ん~と、もっと社員を知りたいとか?交流を深めたいとか?ほら、あやめは昔から一匹オオカミだったから」
私とクラスが同じになることが、奇跡的に一度もなかった為、あやめはクラスでいつも一人ぼっちだった。修学旅行は、他のクラスのメンバーと回っていいというルールがあったので、私たちはずっと一緒にいたが、友達作りが苦手なあやめにとっては、クラスの行事は苦痛でしかたなかった。
今日しか職場の雰囲気を見られていないが、あやめと話す社員は一人もいなかった。かろうじで、副編集長が二言三言、業務的なことを伝えただけだった。
「きっとあやめと仲良くなりたいから話しかけるんだよ」
「それ、キモイ」
まだ見ぬオジサンへの咲なりのフォローは、その言葉で一瞬にして消え去った。